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野村運送社長の野村孝博さんは、中堅の運送会社でドライバーとして働いていた頃、ドライバーの仕事が少ない時に、営業活動を指示された際に、訪問時のあいさつを定型文として暗記して、訪問先に円滑に接触できるようになったそうです。もちろん、これだけでは商談が成功するとは限りませんが、訪問を回数をこなしていくことで、営業活動の質を高めることができたということです。
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今回も、前回に引き続き、野村運送社長の野村孝博さんのご著書、「吉野家で学んだ経営のすごい仕組み-全員が戦力になる!人材育成コミュニケーション術」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、野村さんは、はっきりとあいさつをすることが苦手だったそうですが、吉野家のアルバイト時代に、ロールプレイで量をこなすことによって「潛在意識」に叩き込まれ、きちんとあいさつができるようになったことから、野村さんは、自分を変えたいと思うのなら、潜在意識に浸透するまで量をこなすことが大切だと考えるようになったということについて説明しました。
これに続いて、野村さんは、マニュアルの重要性について述べておられます。「開店前の口ールプレイでは、接客の定型文を徹底的に暗記することが求められました。お客様が入店したら『いらっしゃいませ』、席に着いたら『ご注文よろしいですか?』、注文を聞いたら、例えば『牛井並とみそ汁ですね』と復唱し、『並一丁、みそ汁一杯』とパックヤードに才ーダーを通します。提供時には『お待たせしました、牛井並とおみそ汁です』、会計時には「牛井並とおみそ汁で450円です、500円お預かりします、50円のお返しです、ありがとうございました、またご利用くださいませ』
お客様の注文に違いはあれど、基本的にはこれだけですから、暗記することもそれほど苦にはなりませんでした。こうしたマ二ュアルどおりの接客には批判もありますが、仕事の初期段階では決められたことをきちんとこなすということが重要になります。やるべきことがきちんと決まっていれば、教えるほうも教わるほうもやりやすいですし、全体的に同じ質が保てます。マ二ュアルに則った定型文を暗記して使用していると、そこから外れたお客様のイレギュラーな反応に面食らってしまうこともあります。
しかし、そうした経験を経て徐々にマ二ュアルにはない対応ができるようになりました。仕事の第一歩は、誰しも試行錯誤するものですが、まず手本とするベきマ二ュアルがあれば、それに従って仕事を進めることで短期間のうちに成長できるのです。弊社のような中小の運送会社では、専任の営業マンがいないケースも多いでしょう。新たな営業をしなくても、同業者間で日々の仕事を融通し合うなどして、それなりに何とかなってしまうのが運送業界の特徴の一つです。
しかし、そうした姿勢では企業は成長できおません。成長していくには営業と社員教育が不可欠です。営業しなくてはいけないのですが、専任の営業マンを採用する余裕がない弊社のよう会社は、社長自ら営業をするしかありません。とはいえ、私自身は若い頃、話すことが苦手で、維談するにも何を話したらよいかと悩むような人間でした。営業なんていう仕事は特別に優秀な人間がやるものだと思っていたのです。かつて中堅の運送会社でドライバーとして働いていた頃、ドライバーの仕事が少ない時に、『営業に行ってこい』と指示を受けました。
最初は先輩ドライバーと一緒でしたが、その先輩も『営業なんてやったことがない』と言っていました。そんな状況での飛び込み営業です。知らない会社の扉を開けるのは嫌なものでした。扉を開けたら売り込まなければいけないものの、何を話したらよいか見当がつかず、お客様からすれば、訳の分からないことを言う2人の話を聞かされていたのだと思います。そんな時に吉野家時代のロールプレイを思い出しました。
『はじめまして、私たちは○○を拠点とする運送会社の者です。新規のお取引先開拓で、近隣の企業樣にご挨拶をさせてもらっています。物流の担当者様はいらっしゃいますか?』と、最初の言葉を定型文にして暗記しました。訪問先の扉を開けた際に、まず何を言うかを決めてしまうのです。そうすれば、初対面で逡巡することはありません。この方法でまずはどんどん数をこなすのです。これは営業に限った話ではありません。うまくできなくても、思うように結果が出なくても、とにかく数をこなすことです。こなした『量』は必ず『質』に転化します」(48ページ)
マニュアルについては賛否両論ありますが、私は、会社組織が成熟の途上にある段階では、マニュアルの活用が大切だと考えています。これに関して、ミシュラン一つ星レストランのラッセのオーナーシェフの村山太一さんは、ご著書「なぜ星付きシェフの僕がサイゼリヤでバイトするのか?偏差値37のバカが見つけた必勝法」の中で、次のように述べておられます。「サイゼリヤでは、マニュアルが充実しています。マニュアルは『自分の頭で考えなくなる』と言われることも多いけれど、マニュアルは現時点で、最高の作業効率を再現するための説明書なのです。
マニュアルがあるからこそ、サービスのクオリティが安定する。何回も繰り返すから、新たな問題点を発見してアップデートすることもできるし、臨機応変に応用したり、一歩進んだことを率先してやることもできる。そんなマニュアルの絶大な効果を目の当たりにして、『ラッセでもマニュアルをつくろう』と決めました。ただし、僕がマニュアルをつくってしまったら、意味がありません。それは僕がスタッフに命じているのと同じことです。(中略)
トップが一方的につくったマニュアルは、現場では使いづらくて、たいてい、浸透しないまま終わります。現場の人が気づいたことをマニュアルにした方が、使えるマニュアルになるのです。それに、自分の提案がマニュアルになる方がうれしい。そこで自主性が生まれるのでしょう。行動を制限するように思えるマニュアルで、むしろ、自分の頭で考えて行動するようになり、想像以上の効果がありました。それに、新人スタッフでも、常連のお客様に対応できるようになったので、自信も生まれ、スタッフは目に見えて成長していきました」(164ページ)
村山さんも述べておられるように、マニュアルは重要ではあるものの、これを利用する側が受動的になり、マニュアルを守ることが目的化してしまうと、マニュアルの弊害が現れてしまいます。そこで、マニュアルは自らの手で改良していくものであるというように、能動的に活用すれば、マニュアルはすばらしいツールになります。そして、従業員の方たちが、マニュアルに対して受動的にならないよう働きかけをしていくことが、経営者の方の役割と言えると私は考えています。
2025/5/18 No.3077