[要旨]
野村運送社長の野村孝博さんは、はっきりとあいさつをすることが苦手だったそうですが、吉野家のアルバイト時代に、ロールプレイで量をこなすことによって「潛在意識」に叩き込まれ、きちんとあいさつができるようになったそうです。このようなご経験から、野村さんは、自分を変えたいと思うのなら、潜在意識に浸透するまで量をこなすことが大切だと考えるようになったそうです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、野村運送社長の野村孝博さんのご著書、「吉野家で学んだ経営のすごい仕組み-全員が戦力になる!人材育成コミュニケーション術」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、野村さんによれば、仕事には緊急度・重要度ともに高い仕事と、緊急度が高く重要度が低い仕事などがありますが、多くの会社では緊急性の高い仕事が優先され、重要度の高い仕事は後回しにされる傾向にあるため、トラブルやアクシデントなどの緊急度の高い仕事が増えることにつながるという悪循環に陥ることがあるので、緊急度が低いからといって重要度の高い仕事を後回しにすることは避けなければならないということについて説明しました。
これに続いて、野村さんは、ロールプレイの重要性について述べておられます。「吉野家のロールプレイは、『いらっしゃいませ』や『ありがとうございました』といった、簡単な接客トークを発声する練習から始まりました。私は社長になった今でこそ、話し方やプレゼンの手法などを学ぶようにもなりましたが、学生当時は発声を練習する意味が分かりませんでした。
もちろん、自分の話している声が相手にどのように伝わっているかなどと考えたこともありません。実際に発声してみても、当然やり直しをさせられました。『明るく、ハッキリと言いなさい』と繰り返し指導を受けましたが、そうした意識のない学生にとっては、『そんなに細かいところまで指導されるのか』と衝撃を受けました。発声練習でなんとか合格点をもらうことができても、いざ一連の接客の流れの中で実践するとなると、ハードルが上がります。
私自身はもともと早口で口ごもったような話し方だったので、相当意識をしていないとそこから抜け出した発声はできませんでした。器用なほうではないため、お客様にお茶を出して、オーダーを聞くという初歩的な接客でも、しっかりとした発声で受け答えをすることがなかなかできませんでした。今でも話すことは得意ではないので、吉野家のアルパイトで学んだ発声練習をしっかり意識するようにしています。しかし、常に『明るく、ハッキリ』を続けようと思っても、なかなかうまくいかないものです。
もちろん、自然に意識し続けることができたり、気持ちのいい発声がスムーズにできたりする方もいらっしゃでしょう。そのどちらでもなかった残念な私でしたが、場数をこなすことで、求められる発声が身に付いていきました。常に『明るく、ハッキリ』を意識して接客をしようとがんばっても、なかなかうまくできなかった私がそのように接客できるようになったのは、ロールプレイで量をこなすことによって『潛在意識』に叩き込まれたからだと思います。
人間の『意識』は、自らの意志でコントロールできる『顕在意識』の領域と、無意識で自覚できていない『潜在意識』の領域の二つに分かれます。『顕在意識』は3~10%、『潛在意識』は90~97%と、圧倒的に『潜在意識』のほうが意識の広い領域を占めるといわれます。『潜在意識』に浸透するまで覚え込めば、あとは無意識にできるようになっていくのはそのためなのです。
車の運転を例に挙げてみます。教習所で運転を習いたての頃は『右手でハンドルを持って、左手でギアを操作し、右足でアクセルやブレーキを踏み込む』というように、両手足の動きを意識しながら運転を行います。つまり、顕在意識を使っているのです。私自身も免許取得の際、そのように運転をしていましたが、教習が終わった後は頭が大変疲れて、『運転って大変だなあ』と思っていました。
しかし、慣れていくに従って、意識をせずに、考えごとをしながらでも運転できるようになりました。顕在意議のもとで車の運転を繰り返すうちに、それが潛在意識に浸透し、無意識のうちに潜在意識が働いて手足を動かし、運転ができるようになったというわけです。発声に限らず、自分を変えたいと思うのなら、潜在意識に浸透するまで『量』をこなしましょう」(45ページ)
潜在意識への働きかけは、野村さんと同様に、私も大切だと思っていますが、稲盛和夫さんも、偶然(または、野村さんも稲盛さんのお話を聴いたのかもしれませんが)に、自動車の運転のことについてご著書に書いておられました。すなわち、稲盛さんも、運転を習いたてのころは顕在意識で自動車を運転していたものの、慣れてくると、潜在意識で運転できるようになったというものです。
さらに、稲盛さんは、潜在意識の重要性についてはいくつかの理由をあげておられますが、そのひとつは、ビジネスチャンスを逃さないということです。これは、稲盛さんが創業した第二電電の副社長などをお務めになった千本倖生(せんもとさちお)さんのことのようですが、稲盛和夫さんは、同氏との出会いについて、ご著書の「経営12カ条経営者として貫くべきこと」の中で次のように述べておられます。
「1983年夏のことです。まだ京都の一中堅企業でしかなかった京セラが国家的事業である電気通信事業への参入について検討を重ねていたとき、当時、私が副会頭を務めていた京都商工会議所にNTTの技術幹部が講演に来ました。この出会いにより、計画は一気に進捗していったのです。本来なら、講師として招かれたその技術幹部との出会いも、そのまま通り過ぎてしまうような事象だったと思います。しかし、私の潜在意識のなかには、強い願望が浸透しています。
そのため、一瞬の出会いを逃さず、素晴らしいチャンスを生かして事業を成功に導いていくことができた。私はそう思っています。そのようになるまでには、繰り返し繰り返し強く思い続けることが必要です。全身全霊を傾けて顕在意識を働かせ続ける過程が必要になってくるのです。案件を軽く受け流し、適当に処理しているような状態では、決して潜在意識にまで浸透していきません。炎のように燃える願望を持ち続けることでしか、潜在意識を活用することはできないのです」(72ページ)
この、稲盛さんや野村さんの事例をあげるまでもなく、潜在意識は大切ということは、ほとんどの方が納得されると思います。ところが、「自分を変えたいと思うのなら、潜在意識に浸透するまで『量』をこなしましょう」ということについては、私自身もそうですが、なかなか実践できないことが多いようです。確かに、「量」をこなしてもうまくいかないこともあるでしょう。ただ、事業がうまくいっていない会社の多くは、経営者が「量」をこなしていないことがほとんどです。
私は、中小企業経営者の方から、「どういう経営をすればよいのか」とご相談を受けますが、難易度が高く、ライバルと差をつけることができる経営手法は、経営者の方が量稽古をしていなければ実践できません。もちろん、将来的にどういう経営を目指すのかを考えることは重要ですが、それを実践できるようにするためにも、「量をこなす」ことを避けることはできないと認識しなければならないと思います。
2025/5/17 No.3076