鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

原価の内訳を把握して適切な経営判断を

[要旨]

原価を下回る価格での製品の追加受注があったとき、その価格が、直接材料費と直接労務費の合計額を上回っていれば、利益が得られることになるので、単に、製造間接費を加えた原価を下回っているというだけで受注を断ることは得策とはいえません。このように、受注を受けるかどうかは、原価の内訳を見て判断することが大切です。


[本文]

今回も、前回に引き続き、公認会計士の金子智朗さんのご著書、「教養としての『会計』入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、管理会計の考え方では、「他の選択肢から得られたであろう利益」を「機会損失」と言いますが、意思決定において重要なことは、機会費用は意思決定に含めて考えなければならないということについて説明しました。

これに続いて、金子さんは、追加受注の意思決定について述べておられます。「A社は、製品Xの受注製造販売を行っています。製品Xの1個当たり原価は20,000円です。その内訳は、直接材料費14,000円、直接労務費4,000円、製造間接費2,000円です。ここで、直接材料費は製品Xの製造に用いる材料の費用、直接労務費は製造に直接携わる正社員の人件費、製造間接費はすベて固定費です。

A社では、れを通常25,000円で販売しています。今、新規の顧客Bから、製品Xを発注したいという問い合わせがありました。ただし、1個25,000円は少々高いので、1個18,000円で売ってくれいかと言ってきました。この顧客Bからの注文は受けるベきでしょうか。なおA社の生産能力には余裕があり、顧客Bからの受注は現在の生産能力の範囲内で対応できるとします。

製造原価は20,000円ですから、18,000円で売ったら原価割れです。粗利の段階で赤字です。売れば売るほと赤字の上塗りになるだけです。多くの人は、その顧客Bからの注文は断ったほうがいいと考えます。果たして、そうでしょうか。これも、意思決定の3つのポイントに沿って考えてみましょう。3つのポイントは、比較対象の明確化、要素分解、そして変わる部分と変わらない部分を見極める、です。

まず、比較対象は『受注する』と『受注しない』です。要素は、売上高、直接材料費、直接労務費、製造間接費です。変わる部分と変わらない部分を考えてみましょう。顧客Bから受注すれば、満足のいく水準ではないかもしれませんが、18,000円の売上が立ちます。受注しなければ売上はゼロです。直接材料費は、受注製造なので受注すれば14,000円発生しますが、受注しなければ発生しません。

直接労務費と製造間接費は、生産能力に余裕がありますから、受注してもしなくても総額は変わりません。ということは、顧客Bから受注しないより受注したほうが利益は4,000円増えます。もちろん、値下げしたことが他の顧客に知られる心配や値崩れのリスクはありますが、そらを勘案しなければ、受注しないより受注したほうが確実に利益は増えるということです」(292ぺージ)

引用部分の事例は、単純なものですが、製品の原価の内訳がどのように構成されているかがわかることで、ビジネスチャンスを逃さずにすむということが分かります。ただ、現実には、多くの会社は価格競争にさらされていて、自社の製品価格は採算が得られているかどうか、ぎりぎりの状態、むしろ、不採算の状態になっていると思います。

ところが、その一方で、原価計算そのものが行われていなかったり、実地棚卸も行わず、決算書が作成されてからぎりぎり黒字か、または、赤字になっているということが多いと、私は感じています。そこで、現状を改善しようとしても、原因が分からないので、売上を増やそうとしたところ、もともと、採算の合わない価格で取引しているので、さらに赤字を増やしてしまうということも珍しくありません。

では、具体的にはどうすればよいかというと、コンサルタント的な視点では、会社の強みを分析して、競争力の高い製品を販売するというところから着手することが現実なのですが、会計の観点からは、正確性は多少は目をつぶってでも、原価計算を行い、改善点を見つけるところから着手するとよいでしょう。ところで、これは非論理的なのですが、社長のイメージと、実際の原価は異なっているということは少なくありません。

社長が自社の柱と考えていた製品が、実は赤字を増やす要因になっていたということも、割合としては低いですが、決して珍しくはありません。ここまで述べてきたことは、勘ではなく裏付けをもって経営判断や事業改善を行いましょうと言う単純なことなのですが、これも意外なことに、きちんと原価計算を行っている中小企業は、割合としては低いようです。ですから、私は、中小企業は、原価計算を行うだけでも、競争力を高めることができると考えています。

2025/5/13 No.3072