鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

意思決定に埋没費用を含めてはならない

[要旨]

管理会計では、意思決定に影響を与えない費用を埋没費用と言い、具体的には、人件費や固定経費などの固定費が該当します。ただし、人事権を握っている人にとって、人件費は変更し得る費用であり、店舗の賃貸契約に関する権限を持っている人にとって、賃料は変更し得る費用ですので、すベてが埋没費用になるとは限りません。しかし、過去に発生した費用は例外なく埋没費用になるので、意思決定において、埋没費用を含めることは避けなければなりません。


[本文]

今回も、前回に引き続き、公認会計士の金子智朗さんのご著書、「教養としての『会計』入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、変動費と固定費は言葉は人口に膾炙していますが、これらの概念は財務会計、すなわち決算書にはなく、正しい意思決定のためには、財務会計の情報だけでは十分ではないので、単に、決算書を作成するだけで十分とは考えず、管理会計を導入して、より精緻な経営判断ができるようにすることが大切ということについて説明しました。

これに続いて、金子さんは、埋没費用について述べておられます。「2つ目の管理会計特有の費用概念は、埋没費用です。定義は、『意思決定に影響を与えない費用』です。埋没費用を英語で言うとsunk costなので、サンクコストと表現されることもあります。sunkとはsink(沈める)の受身形ですので、直訳すると『沈められた費用』ということです。(中略)

人件費や固定経費などの固定費は一般的に埋没費用になります。比較対象のそれぞれに等しく発生しているため、意思決定に影響を与えないからです。ただし、一般的に固定費に分類される費用でも、すベてが埋没費用になるとは限りません。たとえば、人事権を握っている人にとっては、人件費は変更し得る費用ですし、店舗の賃貸契約に関する権限を持っている人にとっては、賃料は変更し得る費用です。そういう場合は、埋没費用にはなりません。

例外なく埋没費用になるのは、過去に発生した費用です。なぜならば、これからいかなる選択肢を取ろうとも、タイムマシンがない以上、過去の出来事は変えられないからです。この、『過去の出来事は変えられない』という当たり前の事実を人はよく忘れます。たとえば、苦労して進めてきたプロジェクトが途中で打ち切りなどという話になると、『ここでやめたら今までの苦労が水の泡じやないか!」と言って反対する人がいます。

しかし、そのプロジェクトを統けるという選択肢を取っても、打ち切るという選択肢を取っても、今までの苦労も費用も取り戻せません。考えるベきことは、プロジェクトを続ける場合と打ち切る場合のどちらの選択肢を取ったほうが、今後のメリットが大きいか(またはデメリットが少ないか)という、これがらのことだけです。意思決定において重要なことは、埋没費用は意思決定に含めないということです。埋没費用は『考えてもしようがない費用』です。考えてもしようがないものは考え之ないということです」(297ページ)

金子さんは、人件費や賃料など、管理可能な固定費について述べておられますが、このような費用を、管理会計では、キャパシティ・コストと呼んでいます。キャパシティ・コストは、さらに、コミッティド・キャパシティ・コスト(まは、コミッティド・コスト、既定費)と、マネジド・キャパシティ・コスト(または、マネジド・コスト、管理可能費)に分類されます。コミッティド・コストは減価償却費、固定資産税、保険料、賃借料などで、短期的には管理できない費用を指します。マネジド・コストは、広告宣伝費、給与など、短期的に管理できるコストを指します。

さらに、マネージド・コストは、ポリシー・コスト(政策費)とオペレーティング・コスト(業務費)に分類されます。ポリシー・コストは、試験研究費など、経営者の方針によって発生するコストで、オペレーティング・コストは、給与など事業活動にともなって必然的に発生するコストをさします。固定費については、本来は管理しがたい費用ですが、予算管理などで管理の対象になりつつあります。また、部門別業績評価を行うときは、キャパシティ・コストのうちマネージド・コストのみを部門の業績に反映させるなど、業績評価にも活用されています。

次に、埋没費用ですが、これは、開発段階で、将来、採算を得ることができないことが分かりながら、開発の中断をできなかった、超音速旅客機のコンコルドの例が有名です。以前、ご紹介した、東芝が、のれんから発生した6,200億円を超える減損損失によって債務超過に陥った事例も、当時の経営者が、埋没費用に引きずられた意思決定をした結果ではないかと思います。とはいえ、経営判断を行う経営者も、有機的な存在なので、冷静な判断ができない面があることも現実だと思います。だからこそ、管理会計を活用して、正しい判断ができるようにすることが大切だと、私は考えています。

2025/5/11 No.3070