[要旨]
変動費と固定費は言葉は人口に膾炙していますが、これらの概念は財務会計、すなわち決算書にはなく、正しい意思決定のためには、財務会計の情報だけでは十分ではありません。したがって、単に、決算書を作成するだけで十分とは考えず、管理会計を導入して、より精緻な経営判断ができるようにすることが大切です。
[本文]
今回も、前回に引き続き、公認会計士の金子智朗さんのご著書、「教養としての『会計』入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、日本マクドナルドホールディングスは、2015年12月期の決算短信において、直営店の売上高よりも売上原価が上回る原価割れの状態に陥りましたが、これに対して、有力新聞社が、「原価よりも安い値段で商品を売ったら、売るだけ赤字が膨らむ負け戦だ」と批判をしたものの、これは、記者が財務会計だけに基づく情報で判断した誤った内容であり、管理会計に基づく情報も含めれば、売上を増やすことが黒字転換するための正しい判断であるということについて説明しました。
これに続いて、金子さんは、変動費と固定費について述べておられます。「管理会計特有の費用概念を説明しましょう。まず1つ目は、変動費と固定費です。これは言葉としてはよく聞くと思いますし、普通に口にもしていると思いますが、この変動費と固定費という費用概念は財務会計、すなわち決算書の世界にはどこにもありません。
正しい意思決定のための重要なポイントの1つであるにもかがわらず、財務会計にはどこにもないわけですから、この事実だけでも財務会計は意思決定には使えないということがわかると思います。財務会計にはない概念だということは、費用を改めて分類しないと変動費と固定費はわからないということです。なぜならば、通常、社内には財務会計情報しかないからです。会社のいわゆる管理業務は、業務フローも、帳票も、そしてシステムも、基本的に財務会計情報を集めるようにつくられています。
たとえば、商品を出荷したとき、出荷伝票を起票してそれを経理に回すという業務が行われますが、この業務フローによって、売上高、売掛金、売上原価という財務会計情報が会計システムに記録されるわけです。ERPと呼ばれるシステムは、周辺業務のシステムもモジュールとしてすベてつなぎ、財務会計モジュールという、言わば情報のハブに財務会計情報をリアルタイム、もしくはそれに近い形で集まるようにしたシステムです。
これが会社の管理業務というものですから、社内にあるのは、通常、財務会計情報だけなのです。ですから、変動費と固定費は事後的に分類する必要があります。この分類を、固変分解と言います。一般的には、勘定科目ごとに変動費と固定費を分ける勘定科目法(または費目別精査法)と呼ばれる方法が採られますが、場合によっては最小二乗法という数学的な手法によることもあります。
なお、変動費・固定費と混同されやすい費用概念に直接費・間接費があります。これは、費用の集計対象に対する因果会計を直接把握できるか否かによる分類です。たとえば、製造原価の内訳によく見られる直接労務費は、その製品の製造ラインに入っている人などの労務費です。そういう人の労務費はその製品に対する因果関係を直接的に把握できるので、直接労務費です。
それに対して、工場長は工場全体の管理責任を負っている人ですから、その人の労務費と特定の製品の因果関係はわかりません。こういう労務費は間接労務費です。間接費は因果関係がわからないので、配賦という手続きによって製品などの集計対象に計上されます。直接費と間接費に分類されて計算された製品の製造原価は決算書の売上原価になりますので、直接費と間接費という費用概念は財務会計にもあると言えます」(285ページ)
変動費と固定費は、私が中小企業の事業改善のお手伝いをしてきた経験から感じることは、売上に正比例する費用や、売上にかかわらず一定の費用というものは、ほとんどありません。もちろん、どちらかというと売上に比例する費用というものや、どちらかといえば売上にかかわらず一定の費用というものはありますが、きっちりとした変動費や固定費というものはありません。しかし、だからといって、変動費や固定費を把握することが意味がないかといえば、そうではなく、むしろ、把握する方が望ましいと思います。
なぜなら、正確でなくても、おおよその変動費と固定費がわかれば、目安となる損益分岐点売上高が分かるからです。そして、それらから自社の損益分岐点売上高を計算した上で、その数値を最低限達成すべき数値とし、さらに、目標利益を獲得するための売上高を目指すべき目標売上として設定すれば、根拠の不明確な目標を示されるよりも、達成しようとする意欲をもって事業に臨むことができるからです。
また、もうひとつお伝えしたいことは、損益分岐点売上高を把握しておくことは、正しい値決めの判断を行うために大切だということです。私がこれまでお手伝いをしてきた中小企業経営者の方の中には、商品の値下げをするとき、仕入額をしたまわらなければ不採算にならないと考えている方が少なくありませんでした。
例えば、仕入値が60円の商品を売値100円で販売している会社が、競合相手が多いために、値下げで応じようとするとき、どれくらいにするかを決定する場合、仕入値を下回らなければ採算が得られると考えてしまう経営者の方がいます。しかし、仕入値を下回らなければ、限界利益(=売価-変動費≒売上総利益)は得られるものの、固定費が限界利益を上回っていれば、値下後の価格は不採算の価格ということになります。
もちろん、あえて不採算の価格で販売するという経営判断もしなければならないこともあると思いますが、問題なのは、変動費や固定費を把握していないために、採算が得られていると思いつつ、実は、不採算の取引の経営判断をしてしまうことは避けなければなりません。このことは、それほど難しいことではなのですが、実際に、このような判断をしている経営者の方もいたので、念のために説明いたしました。
最後に、自社の損益分岐点売上高を把握するにはどうすればよいのかということについて、私の使っている方法をご紹介したいと思います。それは、過去10年(または5年)の損益計算書から、売上高、売上総利益、販売費及び一般管理費の10年(または5年)の平均値を求めます。そして、これらの平均値から、売上総利益率の平均値と、販売費及び一般管理費比率の平均値を求め、それぞれ変動費率の近似値、固定費の近似値として目安の損益分岐点売上高を計算します。
これらは正確な数値ではありませんが、自社のおおよその傾向をつかむことができます。当初はこれらの便宜的な数値を使って経営判断を行い、もし、正確さに問題を感じるようになってきたら、より、精緻な計算をするようにしていくとよいと思います。
2025/5/10 No.3069