[要旨]
ドラッカーの著書、「ポスト資本主義社会」によれば、最も重要なステークホルダーは、株主ではなく従業員であるということです。これまで、経営指標としてROE(自己資本利益率)が重視されてきましたが、それは、株主が重要であるという前提であったからと考えられます。しかし、資本主義社会の後にやってくるポスト資本主義社会では、「重要な経営資源」と呼ベる知識を提供できる従業員がより重要になると考えられます。
[本文]
今回も、前回に引き続き、公認会計士の金子智朗さんのご著書、「教養としての『会計』入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、引当金は、4つの要件が満たされる場合、必ず計上しなければならないといものであり、もし、要件が満たされているのに適正に計上しないと、費用の過少計上、すなわち、粉飾決算をしているということになりますが、特に、バブル経済崩壊にともなって、銀行の不良債権問題が表面化して以降、銀行の融資対する貸倒引当金の設定は、多くの人が思っている以上に、監査法人から厳しく監査されるようになっているということについて説明しました。
これに続いて、金子さんは、ドラッカーの著書、「ポスト資本主義社会」の内容について述べてpられます。「P.F.ドラッカーは、『ポスト資本主義社会』(1993年)という著書の中で、ポスト資本主義の時代に最も重要な経営資源は知識だと言っています。ポスト資本主義とは、従来の資本主義の後にやってくる新しい資本主義ということです。従来の資本主義を非常に簡単に言ってしまえば、それは金銭的資本が最も重要な経営資源だという考え方です。少々乱暴に言えば、お金があれば新たなお金が生まれるという考え方です。
しかし現在は、どんなにお金があってもスマートフォンもドローンもAIも生み出せません。それらを生み出すために必要なのは、知識とそれに基づくアイデアです。逆に、優れたアイデアがあれば、お金がなくても莫大なお金を生み出します。では、その最も重要な経営資源を提供できるのは誰でしょうか。それは従業員しかいません。株主は、お金は提供できても知識は提供できません。特許権やその他の知的財産のようにお金で買える知識もありますが、ノウハウや暗默知のような知識はお金では買えません。それらをれらを提供できるのは従業員しかいないのです。
そう考えると、ポスト資本主義社会において最も重要なステークホルダーは、株主ではなく、従業員ということになります。ROEを重視する根底には、最も重要なステークホルダーは株主であるという従来からの考え方があります。しかし、ポスト資本主義の時代には、ROEをことさらに重視するというのも、もはや時代に合っていないのかもしれません。ただし、すベての従業員が無条件に重要なステークホルダーと言えるわけではありません。株主よりも重要なステークホルダーと言えるのは、あくまでも『重要な経営資源』と呼ベる知識を提供できる従業員だけです」(203ページ)
私は、ドラッカーが「ポスト資本主義社会」で述べた内容について、金子さんと異なる解釈をしていますが、従業員が経営資源としての重要性を増しているということについては間違いがないと思っています。先日、これに関連する、私が興味をひかれた日経クロストレンドの記事をみつけました。それは、「モスバーガーを展開するモスフードサービスが2024年3月に発表して話題を呼んだのが、全国のモスバーガー店舗で働くスタッフを対象に、次世代アーティスト・クリエーターを発掘してデビューに必要な活動を応援しようという『MOS RECORDS』プロジェクト」というプロジェクトに関するものです。
この記事によれば、「『MOS RECORDS』プロジェクトは、若者支援のモデルケースを目指し、店舗で働く人材(キャスト)の確保や、店舗の活性化につなげることが狙い。募集を始めると想定を上回る応募があり、2024年9月には、オーディションで最優秀者に選ばれた『Lui(ルイ)』が配信デビューした」ということです。これまで、福利厚生を手厚くすることで、従業員を増やそうとしたり、定着率を高めようとしたりする会社はありましたが、それは、あくまで、自社の従業員であることが前提の対応です。
一方、このモスフードサービスの事例では、モスバーガーで働いてもらうものの、その人たちの目的は、将来、音楽家として活躍することです。すなわち、モスバーガーの店員としての立場は、本格的に音楽活動ができるまでの仮の職業という位置づけです。しかし、仮の職業として働いている従業員を、モスフードサービスは支援することにしたのです。
会社が従業員に対して独立の支援をするようなことは、数年前までは考えにくいものでした。私は、モスフードサービスが、このようなプロジェクトを始めようとした経緯については承知していませんが、そのひとつは、従業員を増やしたいということが動機の1つであることは間違いないと思います。その上で、同社が音楽家を目指す人を支援しているという取り組みが広く知られることになれば、音楽家を目指す人が積極的にモスフードのプロジェクトを活用するという好循環が回るようになることを狙ったのではないかと思います。
すなわち、かつては、会社と従業員の関係は、雇う側と雇われる側というものでしたが、モスバーガーは、音楽家を目指す人にとっては、自分の目的を達成するために、仮の職業として「利用」する会社になったということだと思います。今後、同社のプロジェクトが広がっていくかどうかは、まだ、不透明なところがありますが、会社と従業員の関係が変わりつつあることの現われであることは間違いないと思います。したがって、会社経営者の方は、「経営資源」の調達方法について、これからは従来とは異なることになっていくという前提で経営に臨んでいくことが大切だと、私は考えています。
2025/4/29 No.3058