[要旨]
引当金は、4つの要件が満たされる場合、必ず計上しなければならないということであり、もし、要件が満たされているのに引当金を適正に計上していないと、費用の過少計上、すなわち、監査上、粉飾決算をしているということになります。特に、バブル経済崩壊にともなって、銀行の不良債権問題が表面化して以降、銀行の融資対する貸倒引当金の設定は、多くの人が思っている以上に、監査法人から厳しく監査されるようになりました。
[本文]
今回も、前回に引き続き、公認会計士の金子智朗さんのご著書、「教養としての『会計』入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、引当金の処理では、将来発生すると思われる費用を前倒し計上しますが、キャッシュ・アウトはまだ起こっていないものの、会計上の費用ではあるため、利益が減額されるので、税金や配当によるキャッシュの流出を抑え、キャッシュを社内に留保する効果があるということについて説明しました。
これに続いて、金子さんは、1990年代の銀行の不良債権問題について述べておられます。「引当金は、4つの要件が満たされる場合に計上が求められると言いましたが、その意味は、4つの要件が満たされる場合は『必ず』計上しなければならないということです。もし、要件が満たされているのに引当金を適正に計上していないと、費用の過少計上になりますから、利益が過大になります。
監査上、それは立派な粉飾とされます。引当金の設定は、監査上、おそらく多くの人が思っている以上に厳しく見られます。かつて引当金は監査上、それほど厳格には見られていませんでした。それが変化したきっかけは、1990年代初頭のパブル崩壊に伴って発生した、金融機関の不良債権問題です。金融機関の不良債権とは、銀行が融資した貸付金のうち、回収の目途が立たないものです。当時、この不良債権問題は、日本経済全体にとって非常に大きな問題でした。
今では考えられないことですが、バプル経済の頃は、土地やマンションなどの不動産は買えば必ず値上がりするという状態でした。ですから、多額の借金をしても必ず元が取れると皆が思っていましたし、銀行も必ず値上がりするはずの不動産を担保にできますから、煽るように融資を膨らませていきました。しかし、不動産価格は永遠に上がり続けるわけがありません。冷静に考えれば誰でもわかることですが、それにほとんど誰も気づかなかった、気づこうともしなかったからこそ、バブルという狂乱の時代だったのでしょう。
銀行は、相当な部分の貸付金の返済の目途が立たなくなったうえに、担保としていた不動産価格も大幅に下落してしまったために、貸付金がほとんど回収不能となってしまったのです。その額は銀行1行で兆の単位に及びました。これが不良債権問題です。このような不良債権に対してまずやるベきことは、不良であるものを不良ときちんと認識することです。正確な認識がなければ何も始まりません。それは会計的には貸倒引当金をきちんと計上するということです。
不良債権処理の第一歩は、会計的に貸倒引当金を適正に計上することなのです。ただ、不良債権が兆を超えていたということは、貸倒引当金をきちんと計上したら兆を超る費用が追加的に発生するということになります。ただでさえ、バプル崩壊後の業績不振にあえぎ、赤字になる銀行もあった中で、各行は当初、貸倒引当金の計上には必ずしも積極的でありませんでした。そのような背景から、貸倒引当金の計上基準が厳格化され、監査法人の監査も相当厳しくなったのです」(190ページ)
金子さんも、「引当金の設定は、監査上、おそらく多くの人が思っている以上に厳しく見られます」と述べておられますが、私も同じように考えています。というのも、私が銀行に勤務していたとき、融資相手の会社の経営者の方から、しばしば、「おたくの銀行は、不良債権が多くてたいへんそうだね」と言われることがありました。しかし、そのように言ってくる経営者の方の経営する会社の中には、銀行から見て、その不良債権の原因をつくっている会社もありました。
すなわち、中小企業経営者の方の中には、自社が受けている融資が、銀行から見て不良債権になっていると認識していないことも多かったということです。もちろん、自社が債務超過に陥っているような場合は、たいていは、その会社の経営者の方も、銀行から見て融資を避けたいと思われていると認識することが多かったです。(というのは、債務超過でも、自社は銀行から融資を受けられて当然と考えている経営者もいたということです)
しかし、自社が赤字になっている程度では、多くの経営者は、自社は銀行に融資を返済できる能力があるので、自社が銀行から受けている融資は、不良債権ではないと認識することがほとんどです。とはいえ、経営者の方とすれば、自社を懸命に経営しているわけですから、自社が銀行に融資を返済できなくなる、すなわち、自社の経営が行き詰まるということは考えが及ばなくても当然と言えます。
しかし、前述のように、銀行は厳格に貸倒引当金を見積もっています。これは、銀行ごとに個別に計算するのですが、黒字の会社では、融資額(担保で回収できる部分を除く、以下、同じ)の0.2%、赤字の会社で2~5%、融資返済が延滞している会社で15%、債務超過の会社で75%の引当金を計上していると言われたいます。ですから、銀行が1億円の融資をしている会社が黒字から赤字になると、200万円~500万円の引当金を計上する、すなわち、費用が発生します。
もちろん、銀行は、「御社は赤字になったので、貴社の融資のうち2%を貸倒として見積もっています」というようなことは、融資相手の会社には伝えません。ただ、「銀行は自社に貸し渋りをしている」と感じるようなことがあったとき、この引当金の理論を理解していれば、融資を受けている会社の経営者の方も、その理由を理解できることがあるかもしれません。だからといって、私は、会社経営者の方に、会計に関して詳しくならなければならないとは考えていません。
しかし、自社に対する銀行の反応が悪化したとき、単に、「銀行は自社に対する理解がない」とか、「銀行は自社に対して貸し渋りをしている」という批判をするだけでは、解決にはなりません。銀行から円滑に資金を調達できるようになるには、業績を改善することが最も効果が高い対策になると思いますが、引当金を始めとした会計に関する初歩的な知識があるだけでも、融資を受けている中小企業経営者の方は、より的確な判断ができるようになると、私は考えています。
2025/4/28 No.3057