[要旨]
引当金の処理では、将来発生すると思われる費用を前倒し計上しますが、キャッシュ・アウトはまだ起こっていないものの、会計上の費用ではあるため、利益が減額されるので、税金や配当によるキャッシュの流出を抑え、キャッシュを社内に留保する効果があります。ただし、引当金の中には、税務上、損金算入が認められていないものもあるので、キャッシュの流出を抑える効果は限定的であると言えます。
[本文]
今回も、前回に引き続き、公認会計士の金子智朗さんのご著書、「教養としての『会計』入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、引当金は、実際にはまだ顕在化していない費用を前倒して計上する処理ですが、これは、発生主義、費用収益対応原則、保守主義などの理論的根拠があり、特に、費用は、その費用の支払いが行われたタイミングで認識するのではなく、発生したタイミングで認識するという発生主義に基づいて会計処理を行うことで、誤った経営判断を防ぐために重要な意義があるということについて説明しました。
これに続いて、金子さんは、引当金は将来に対する備えであるということについて述べておられます。「引当金は『将来に対する備え』と言われることがあります。これはどういうことでしょうか。費用の前倒し計上によってアラームが鳴ることも『将来に対する備え』かもしれませんが、バッド・ニュースを早期に知ったところで、具体的な備えにはなりません。『備え』という言葉は、通常、資金面での準備を指します。たとえば、『老後の備え』と言う場合、それは、仕事を辞めた老後も生活していけるようにするための資金面の準備のことを言っています。
引当金も、将来に対する資金面の準備になっています。引当金の処理では、将来発生すると思われる費用を前倒し計上しますが、キャッシュ・アウトはまだ起こっていません。しかし、会計上の費用ではあるため、利益を減額してくれます。その結果、税金によるキャッシュの流出と配当によるキャッシュの流出を抑えてくれるので、キャッシュを社内に留保する効果があるのです。これは(中略)、減価償却費のキャッシュの留保効果と原理的に同じです。両者に共通しているのは、会計上の費用でありながら、キャッシュ・アウトを伴わないところです。引当金にはキャッシュの留保効果があることが、『引当金は将来に対する備え』と言われる所以です。
ただし、度重なる税制改正によって、引当金の計上に伴う費用は、ほとんどすベて税金計算上は控除できなくなっています。つまり、節税効果は限りなくゼロということです。配当によるキャッシュの流出を食い止める効果は今でもありますが、配当は会社の方針でコソトロールできるので、引当金に頼らなくてもキャッシュの流出を抑制することは可能です。資金面での『将来に対する備え』としての効果は、かつてほとはなくなっています」(188ページ)
引用部分の本旨から外れますが、多くの中小企業では、賞与引当金、役員退職慰労引当金、商品保証引当金などは計上していません。その大きな理由は、これらの引当金は、金子さんも述べておられるように、税務上の損金算入が認められていないからのようです。もちろん、損金算入が認められていなくても、引当金を計上することは問題はないのですが、その場合、財務会計での利益の計算に加えて、税務上の益金の計算を行わなければならなりません。
そこで、その手間を避けるために、税法上の損金として認められる費用だけを計上している会社が多いようです。その結果、そのような会社は、会計上は計上が望ましい賞与引当金や役員退職慰労引当金は計上されないことになりますが、これは、いわゆる簿外債務と考えることができます。例えば、そのような会社が他者から買収されることになり、デューデリジェンスが行われるときは、将来、支払う可能性が高い費用に対する引当金が負債に計上されていないと判断されます。
もちろん、デューデリジェンスが行われることを理由とすることは強い根拠となりませんが、やはり、自社の状況を正確に財務諸表に反映させることは望ましく、単に、税務上の損金算入が認められていないという理由だけで、引当金を計上しないことは避ける方がよいと思います。ちなみに、貸倒引当金は損金算入が認められているものの、こちらも、そもそも、貸倒損失の見積もりが煩雑であるという理由から、引当金を計上する中小企業は少ないようです。この貸倒引当金についても、自社の状況を正確に財務諸表に反映させるとい観点から、計上することが望ましいと言えます。
2025/4/27 No.3056