[要旨]
引当金は、実際にはまだ顕在化していない費用を前倒して計上する処理ですが、これは、発生主義、費用収益対応原則、保守主義などの理論的根拠があります。特に、費用は、その費用の支払いが行われたタイミングで認識するのではなく、発生したタイミングで認識するという発生主義に基づいて会計処理を行うことは、誤った経営判断を防ぐために重要な意義があると言えます。
[本文]
今回も、前回に引き続き、公認会計士の金子智朗さんのご著書、「教養としての『会計』入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、会計の独特の考え方である引当金には、賞与引当金、役員退職慰労引当金、商品保証引当金、貸倒引当金などがありますが、この引当金は、(1)将来の費用、(2)原因が当期以前に既に発生、(3)費用の発生可能性が高い、(4)費用の金額を合理的に見積もり可能という4つの要件を満たす場合に計上することが求められているということについて説明しました。
これに続いて、金子さんは、引当金の理論的根拠について述べておられます。「引当金は、実際にはまだ顕在化していない費用を前倒して計上する処理ですが、これは普通の発想ではちょっと出てこないと思います。その理論的根拠の1つは、発生主義です。発生主義とは、『収益と費用は、収入と支出ではなく、その発生の事実に基づき計上する』というものでした。念のための確認ですが、収益・費用とは損益計算書の情報であり、収入・支出とはキャッシュの動きです。費用が顕在化してキャッシュが流出するのは将来のことであっても、その原因が発生しているならば、発生している期に費用を計上すベきとうことです。
2つ目の理論的根拠は、費用収益対応原則です。費用収益対応原則とは、『費用は収益獲得の経済的儀牲であるから、収益獲得に貢献した部分を費用として収益と対応づけて計上する」というものでした。たとえば、賞与引当金の算定根拠となつた下半期のそれぞれの人の働きは、その下半期の収益に貢献しています。そうであるならば、費用はそれが貢献した収益の計上と同じ期に計上すべきということです。
3つ目の理論的根拠は、保守主義です。これが一番しっくりくるかもしれません。保守主義とは、『バッド・ニュースほど早期に積極的に開示すベき』というものでした。費用というパッド・二ュースはまだ顕在化していなくても、その原因は既に発生していて、しかも発生可能性が高いならば、費用の前倒し計上という形でアラームを鳴らしましょう、ということです。『北斗の拳』(武論尊・原作、原哲夫・作画)という漫画に、『お前はもう死んでいる』という有名なセリフがありますが、引当金は、『既に死んでいるなら、死んでいることにしょう』ということです」(187ページ)
金子さんは、引当金んについて3つの理論的根拠をご説明しておられ、かつ、いずれも理解することは難しくないものだと思います。ただ、それでも、実際にお金が出て行っていないのに費用とするという発生主義の考え方にピンとこない経営者の方は少なくないと、私は感じています。発生主義の対語は現金主義ですが、確かに現金が出て行けば費用を明確に認識できます。でも、何らかの経済的犠牲(費用の発生)は、必ずしも現金の流出と同時に起きる(発生する)とは限らないので、発生主義で費用を認識することが妥当であるということは、以前に説明した通りです。
ただ、会計が苦手な経営者の方は、これをあまり理解できておらず、しばしば、自社の状況について誤った認識をしてしまうことが少なくありません。具体的には、単に、銀行から融資を受けたばかりで、手元資金が潤沢なときは、「当社はもうかっている」と誤認したり、また、不採算な取引が多いことが原因で手元資金が不足しているにもかかわらず、「売掛金が回収できないので、手元資金が足りない」と誤認したりします。すなわち、このような経営者は、収入と収益、支出と費用を明確に区別できないので、誤った理解をし、そして、誤った経営判断につながってしまうようです。
そこで、このようなことにならないためにも、費用は発生主義で認識するということから理解をすることが大切です。前回も触れましたが、賞与をしっかり払うためには、賞与を支払う月に利益(または現金)があるかどうかで判断するのではありません。半年前から賞与を払うことを見込んで、しっかりと利益を獲得しなければならないのです。そのためには、賞与引当金を費用として計上しておくことが、適切な会計処理であり、誤った経営判断をしないことにつながります。
2025/4/26 No.3055