[要旨]
2016年2月、株式会社東芝は約5,000億円の損失を出し、それにより債務超過に陥りましたが、その原因となったのは、東芝の米国子会社が行った買収に伴うのれんから発生した6,200億円を超える減損損失によるものです。この減損損失は、買収相手の会社の価値を事前に正確に把握できなかったことによるものであり、買収をするにあたっては、事前に慎重な調査と判断を行うことが大切です。
[本文]
今回も、前回に引き続き、公認会計士の金子智朗さんのご著書、「教養としての『会計』入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、のれんの会計処理は、日本基準では無形固定資産に計上し、20年以内で償却しますが、IFRSでは直ちに償却せず、毎期厳格な減損の判定を行い、償却すべきと判定された時点で、しかるベき金額までのれんを減額し、差額を減損損失として計上するということについて説明しました。
これに続いて、金子さんは、東芝ののれんの減損損失について述べておられます。「2016年2月、株式会社東芝は約5,000億円の損失を出し、それにより債務超過に陥りました。その原因となったのは、東芝の米国子会社が行った買収に伴うのれんから発生した多額の減損損失です。その額は6,200億円を超えるものでした。各メディアは、『買収先の会社でコストが想定よりも大きく膨らんだために、のれんで多額の滅損が発生した』という論調でしたが、事実はそんな単純な話ではありません。
買収は2015年2月に行われました。その際に東芝から発表されたのれんの額は105億円です。その全額が減損となっても、6,200億円もの減損損失は発生しようがありません。なぜ、そんな多額の減損損失が発生したかと言うと、のれんの額が105億円から6,200億円超に修正されたのです。買収当初に発表されたのれんの額は暫定的なものであって、その後、約1年をかけて評価した結果、のれんは6,200億円超になるごとが判明し、その全額が減損となったのです。
のれんの額を確定するのにそれだけの時間をかけることは制度的に認められてはいますが、それにしても修正額が大きすぎます。なぜ、それほどの修正が起こったのでしょうか。のれんとは、買収額が買収先企業の純資産額を上回る額です。買収額は客觀的な取引事実ですから、変わりようがありません。そうなると、変更されたのは買収先企業の純資産しかありません。実は、買収先企業の決算が大幅に修正されたのです。買収時には、デュー・デリジェンスと呼ばれる通常の監査よりも詳細かつ多面的な監査を行いますが、このケースではそれが十分に行われなかったと考えざるを得ません。
いろいろな意味で距離のある海外子会社が行った買収であることを割り引いても、あまりにおお粗末です。東芝は、この減損損失だけで債務超過に陥りました。債務超過というのは、負債が資産を超過して純資産がマイナスになることです。債務超過になったからといって、それだけですぐに会社がどうにかなるわけではありませんが、債務超過になれば銀行の信用ランクが下がりますから、融資を受けづらくなります。それどころか、まともな銀行であれば、過去の融資の返済を求めてくるでしょう。
そうなれば資金がショートして、本当の倒産に至ります。さらに、上場企業であれば、1年以内に債務超過を解消できなければ、上場廃止になります。上場廃止になれば、株式市場からの資金調達の道も閉ざされますがら、ますます本当の倒産に近づきます。当時、東芝は稼ぎ頭であるはずのメモリ事業を売却するということまでして、何とか上場廃止を逃れようとましたが、さらにその後、自主的に上場廃止を検討するなど、迷走し続けることになってしまいました」(181ページ)
今回の引用部分は、会計の初学者の方には理解が難しいかもしれません。経緯をかいつまんで述べれば、東芝は、2006年に、米国の原子力関連事業を営むウェスチングハウス・エレクトリック・カンパニー(WEC)を約6,200億円で買収して子会社にしました。続いて、2015年にWECは、債務超過の状態の、米国の原子力サービス会社のストーン・アンド・ウェブスター(S&W)を買収しましたが、そた際、WECはS&Wののれんとして105億円を計上しました。
しかし、S&Wの経営が行き詰まり、実際は、さらに6,200億円以上のコストの負担があることが判明し、それをのれんの減損損失として計上することにしたようです。会計処理としてはのれんの減損損失の計上としていますが、実質的には、S&Wに隠れた損失があることがわかり、それをWECの親会社の東芝がかぶることになったということのようです。ですから、東芝ののれんの減損損失は、のれんの問題というよりも、買収する会社を適切に評価しなかったことの問題と言えます。
後から考えてみれば、当時の東芝の経営者は何をしていたのだろうと思いますが、当時の東芝は、原子力事業でイニシアティブを握ろうとしており、慎重な判断ができなかったと考えられます。いずれにしても、経営者の経営責任は重大です。ところで、会社の買収については、シャープについても難航したことがありました。2016年2月25日に、シャープは、鴻海を引き受け先とする約4,890億円の増資を実施することを決めました。しかし、その直後、シャープに約3,500億円の偶発債務があることが判明したとの理由で、鴻海は最終合意を留保しました。
ちなみに、偶発債務は、隠れ債務ではなく、確定していない債務のことです。例えば、子会社が契約を履行できなかったときに、その損失を保証する契約を、子会社の顧客と結んでいた時、その保証額を偶発債務として、財務諸表の別表として記載することがあります。この保証額は、もしかしたら、現実化することがありますが、多くの場合は、子会社がきちんと契約を行い、結果としてその偶発債務は消滅します。シャープの偶発債務にどのようなものがあったのかは、私は把握していませんが、偶発債務があるからといって、すべて、それが損失となるわけではないので、故意に隠していたということ、また、全額が実現するわけではないということに注意が必要です。
結果として、鴻海は、約1か月後に、約3,888億円の増資に応じることで最終合意しました。増資額が約1,000億円減少したことについては、すべてが偶発債務が要因ではなく、むしろ、2016年3月期の決算が黒字予想から1,700億円の赤字になったことが原因と考えられます。いずれにしても、買収する相手の会社の価値を見積もることはとても難しく、後になってからわかることも少なくありません。ましてや、経営者の思惑で不正確に見積もるようなことは決して行ってはななないということは言うまでもありません。
2025/4/24 No.3053