鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

日本基準とIFRSののれんの会計処理

[要旨]

のれんの会計処理は、日本基準では無形固定資産に計上し、20年以内で償却しますが、IFRSでは直ちに償却せず、毎期厳格な減損の判定を行い、償却すべきと判定された時点で、しかるベき金額までのれんを減額し、差額を減損損失として一気に計上することになっています。しかし、両者では、のれんの資産としての不確実性についての問題意識では共通しており、日本基準では機械的に20年以内で償却することとし、IFRSでは自ら判定することに判断が分かれたものであると言えます。


[本文]

今回も、前回に引き続き、公認会計士の金子智朗さんのご著書、「教養としての『会計』入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、会社を買収するときの価額は、本来なら総資産から負債を差し引いた残りである、純資産の価額となりますが、実際には、純資産の価額よりも多額となることが多いようであり、その純資産の価額を上回る部分をのれん代といいますが、それは、「うまく説明できない何とも言えない魅力」というものであり、具体的には、買収する会社のノウハウ、ブランドの訴求力、人材など、貸借対照表には反映されない要素と考えることができるということについて説明しました。

これに続いて、金子さんは、のれんの会計処理について述べておられます。「のれんは、将来何らかの形でキャッシュを増加させてくれるだろうと思ったからこそお金を出したわけですから、ごれは一種の資産と考えられます。のれんには形がありませんから無形固定資産に計上します。ちょっとイレギュラーなケースの話をしておきますと、純資産価額よりも低い金額で買う場合もあり得ます。このときの純資産価額と買い取り額の差額は「負ののれん」と言います。これはワケあり商品を値札の金額よりも安くお得に買た特別な状態ですから、損益計算書の特別利益に計上します。

通常ののれんの話に戻しましょう。通常ののれんは無形固定資産に計上しますが、その後の処理が日本基準とIFRSで異なります。日本基準では無形固定資産に計上したのれんを20年以内で償却しますが、IFRSでは償却しません。その代わり、IFRSでは毎期厳格な減損の判定が求められます。のれんが償却対象か否かは、日本基準とIFRSの違いとして真っ先に挙げられると言ってもいい有名な相違点です。一見すると大きな違いのように見えますが、実は根本にある問題意識は同じです。それに対する具体的な対処法が異なっているだけです。

根本にある問題意識とは、のれんの資産としての不確実性です。資産とは、将来のキャッシュを増加させるポテンシャルです。のれんは、将来何らかの形でキャッシュを増加させてくれるだろうと思ったからこそ、それだけのお金を払ったわけですが、所詮、主観的に感じた魅力です。実際に将来のキャッシュを増加させてくれるかもしれませんが、もしかしたら魅力に感じたのは単なる思い込みで、何の価値もないものに無駄なお金を使っただけかもしれません。主観的に感した魅力に過ぎませんから、そこがよくわからないのです。

この資産としての不確実性に対して、日本基準とIFRSとで具体的な対応方法が分かれたのです。日本基準は、よくわからないものが資産に計上され続けるのは不健全なので、最長20年で消えてなくなる自動消滅装置を掛けたのです。これが、20年以内の償却です。それにに対して、原則主義に基づくIFRSは原理原則に忠実に考えるのです。償却の理論的根拠は費用収益対応原則ですが、のれんは収益にとのように役立つかが不明確なので、償却のしようがないのです。機械的にのれんを減額しない代わりに、IFRSでは、毎期、厳格な減損の判定が求められます。

これは、毎期、『あのM&Aには本当に意味があったのか?』ということを省みろということです。そして、『実は価値のないものを高値でつかまされただけだった』とわかった時点で、しかるベき金額までのれんを減額し、差額を減損損失として一気に計上させるということです。結婚で言えば、毎年、『この結婚には本当に意味があったのか?』と省みろということです。結婚生活では余計な波風を立たせる可能性がありますから、そんなことはやらないほうがいいと思いますが、経営管理上は意義があるように思います。

日本基準においても、のれんは減損会計の対象ですが、償却によってのれんが機械的に減少していきますし、減損の判定もIFRSり甘いので、日本基準ではのれんは減損されにくくなっています。日本では、M&Aをするまではメディアを含めて大騒ぎですが、M&A後は表立ってその効果を省みることをほとんど誰もしないのは、会計基準の達いによるところもあるのかもしれません。ただ、IFRSにも問題がないわけではありません。減損の判定は企業に任されていますから、どうしても計上が遅れることが多いのです。

減損をするとなったら多額の損失が発生するのが普通ですから、人情としては『いや、まだ大丈夫だろう』となるのでしょう。減損の本来の趣旨はパッド・二ュースの早期開示ですが、それが遲れでレまっては意味がありません。遅れたうえに多額の損失では、むしろ逆効果です。IFRSではそこが問題視されていて、IFRSでも少しは償却したほうがいいのではないかという議論も起こりましたが、2022年11月に、のれんは償却対象外のままとすることが決定されました」(178ページ)

今回の引用部分は、会計の最もややこしい部分だと思います。のれんを償却するかどうかは、のれんは償却すべきという考え方では共通しているのに、日本基準では20年以内に償却すべきと規定されている一方で、IFRSでは、直ちには償却しないものの、最低年1回は減損すべきかどうかを検証し、その結果、減損する必要がわかった時に償却するということになっています。

これは、それぞれの会計基準について、どうしてそうなったのかと考えるよりも、そういうことに決まったとしか理解するしかありません。ちなみに、日本基準では、(正の)のれんは無形固定資産に計上する一方で、負ののれんは特別利益に計上するというところも対称的でないと思いますが、これも、そのように決まったとしか理解するしかありません。

ちなみに、日本の上場会社の中で、会計基準をIFRSに変更した会社の中には、表向きには会計基準を海外に合わせたということにしておきながら、IFRSではのれんを償却しなくてすむことが変更することの動機にもなっている会社もあったということを聞いています。もちろん、このようなことを考える会社は極めて少数派だと思いますが、どの会計基準で財務報告書を作成しても、できるだけ正確に会社の状況を伝えようとする姿勢を持つことは欠かせないと、私は考えています。

2025/4/23 No.3052