鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

うまく説明できない何とも言えない魅力

[要旨]

会社を買収するときの価額は、本来なら総資産から負債を差し引いた残りである、純資産の価額となりますが、実際には、純資産の価額よりも多額となることが多いようです。その純資産の価額を上回る部分をのれん代といいますが、それは、「うまく説明できない何とも言えない魅力」というものであり、具体的には、買収する会社のノウハウ、ブランドの訴求力、人材など、貸借対照表には反映されない要素と考えることができます。


[本文]

今回も、前回に引き続き、公認会計士の金子智朗さんのご著書、「教養としての『会計』入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、かつて、無形固定資産に多額の減損損失が発生したために、日本の大手商社5社の減損額が1兆円近くに達したということがありましたが、減損損失が発生してもキャッシュの流出は投資の時点で済んでおり、経営上それほどのダメージはなく、むしろ、会計基準減損損失というアラームを鳴らすことを強制したおかげで投資の失敗に早期に気づくことができ、次のアクションを取るきっかけを得ることができたと考えることができるということを説明しました。

これに続いて、金子さんは、のれん代について述べておられます。「M&Aは組織を買い取る行為ですが、会計的に売買の対象として認識できるのは何らかの財産しかありません。したがって、会計的には、組織の“財産一覧表”である貸借対照表の売買として処理します。買い取る対象が会社の全部であれば全社の貸借対照表であり、一部であれば部門別貸借対照表です。部門別貸借対照表が作成されていなければ作成します。たとえば(中略)、資産1,500、負債1,000の会社を合併する場合を考えてみましょう。

資産とはプラスの財産であり、負債はマイナスの財産ですから、資産から負債を控除した純資産500が、この会社に付されている会計上の値札の額です。ところが、この会社を値札の金額通りに買う人はまずいません。この値札より高い金額で買うのが普通です。なぜならば、この会社の魅力のすベてが会計情報に表されているわけではないからです。この会社を買おうと思う人は、この会社の商品開発力、プランド力、従業員の資質、力ルチャーなどにも魅力を感じて買おうと思うはずです。しかし、これらはどれ1つ取っても会計情報には表れていません。

このような、言わば無形のプレミアムも含めて買い取り額を決めるので、会計上の値札の額よりも高い金額で買うのです。その上回た部分を『のれん』と言うのです。教科書的には、のれんは『超過収益力』などと言われます。その意味するところは、『超過的に収益を生み出すと思われる何らかの力』ということですが、わかりやすく言えば、『買い手が企業に対して主観的に感じた魅力』ということです。

のれんとは、飲食店等の入り口にかかっている布のことです。従業員が元のお店の許しを得て新たに出店することを『のれん分け』と言いますが、その由来は、元のお店と同じか、それに近い店名の入ったのれんの使用を認めたことにあります。今風に言えば、プランド名の使用を許可されるようなものです。第三者にとっては何の価値もないただの布切れですが、新たに出店する当事者にとっては無形の価値があります。まさに、当事者のみが主観的に感じる魅力です。

M&Aは、企業どうしの結婚のようなものです。人が誰かと結婚する理由には『大企業に勤めているから』とか『収入が高いから』などのように、客観的でわかりやすい理由もあるでしょう。これは財務諸表に記載されている会計情報に相当します。しかし、そういう理由だけで結婚は決めないはずです。結婚した理由をさらに突っ込んで聞けば、大体の人はもう勘弁してよ、うまく説明できないけど、何とも言えない魅力を感じたんですよ』となると思います。この『うまく説明できない何とも言えない魅力』をのれんと言っているわけです」(175ページ)

金子さんは、のれんについて、「うまく説明できない何とも言えない魅力」とご説明しておられますが、これは、裏を返せば、現在は貸借対照表が会社の価値を十分に反映していない傾向にあると言えると、私は考えています。もちろん、その要因は減価償却費の計算が時価を反映しているものではない、土地などは取得したときの価額で計上しているというものがありますが、最近はそのような要因でない部分が大きくなりつつあると思います。それがまさに「うまく説明できない何とも言えない魅力」であり、具体的にはノウハウ、人材、ブランドの訴求力というものだと思います。

これは正確なデータとはなりませんが、株価純資産倍率(Price Book-value Rario、PBR)、すなわち、上場会社の株価が、その会社の1株あたりの純資産額の何倍になっているのかという指標が参考になると思います。株価は市場の評価であり、1株あたりの純資産額は帳簿上の価額です。もし、市場の評価と帳簿上の価額が同じであれば、PBRは1倍となります。

しかし、実際には、PBRが10倍を超える会社もあるし、1倍を下回る会社もあります。2025年4月21日の株価に基づくPBRでは、サンリオが15.23倍、ZOZOが14.56倍、モノタロウが13.35倍、カカクコムが9.14倍などとなっています。繰り返しになりますが、PBRを決める要因にはさまざまなものがあるので、特定の要因を断定することは難しいのですが、例えばサンリオはブランドの強さがPBRの高さに反映されていると思います。

かつては、会社の資産と言えば、社屋がどれだけ大きいかとか、どれだけの広さの工場をもっているのかなど、有形固定資産が主なものであり、私たちがイメージする会社の大きさと、目に見える資産の大きさがほぼ一致していたと思います。というのも、有形固定資産の大きさが収益に直結していた面があるからです。しかし、現在は、有形固定資産が大きいからといって、必ずしも収益につながるとは限らなくなっています。現在、収益の大きさを決めるものは、ノウハウやブランドといった、無形の資産に移りつつあります。

ところが、会計のルールでは、無形の資産は会計には反映しにくい面があります。例えば、従業員に多くの訓練を受けさせて、高いスキルを身に付けさせても、その訓練の受講料は費用でしかなく、資産には計上されません。しかし、ノウハウの多い会社は、収益が得られる会社として、高く評価される時代になりつつあります。

では、どうすればよいのかというと、会計の制度については、やはり、保守主義の原則から、無形のものは資産として計上することは難しいので、例えば、自社には、事業に関する公的資格を持つ人材が何人いる、特許をいくつ取得している、業界団体からの表彰を何回受けているといった、会社を評価できる要因を、財務情報と合わせて公表することが考えられます。この対策についての説明はここまでとしますが、現在の会社の評価は、貸借対照表には反映されにくくなりつつあるので、これからは、「うまく説明できない何とも言えない魅力」を意識することが会社を成長させる鍵になると、私は考えています。

2025/4/22 No.3051