[要旨]
ユニクロは、2010年8月期に、ヒートテックを5,000万枚販売しましたが、早期に売り切れてしまい、翌年は生産量を7,000万枚に増やしました。もし、同社が2010年8月期に7,000万枚を製造していれば、104億円の粗利益を増やすことができたと考えることができます。キャッシュフローを維持する観点からら、在庫量を持ち過ぎないようにすることは大切ですが、少なく見積もりすぎても、収益機会を逃すことになるという点にも注意が必要です。
[本文]
今回も、前回に引き続き、公認会計士の金子智朗さんのご著書、「教養としての『会計』入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、トヨタ自動車のかんばん方式は、在庫を最小化する仕組みで、必要なものを必要なときに必要なだけ生産することから、ジャスト・イン・タイムとも言われ、後工程から前工程に対する製造指示があるまで前工程では製造を行わないことによって仕掛品などのつくり置きを減らすことで、キャッシュフローが減少することを防いでいるということについて説明しました。
これに続いて、金子さんは、ユニクロで機会損失が発生したことについて述べておられます。「過剰在庫はキャッシュ・フローの観点からは悪ですが、少なすぎる在庫も別の問題を引き起こします。それは機会損失です。(中略)機会損失とは、『他の選択肢から得られたであろう利益』のことです。その選択肢とは異なる選択をしてしまったがために取り損ねた利益ということです。
在庫に関して言えば、その商品の在庫があれば売って利益を得られたはずなのに、在庫がなかったがために取り損ねた利益です。ユ二クロを展開する株式会社ファーストリテイリングは、過少在庫によって大きな機会損失を被ったことがあります。2010年8月期は同社の看板商品の1つであるヒートテックが大ヒットした年でした。非常に売れ行きが良かったため、5,000万枚を販売したものの、店舗によっては11月末で品切れが発生しました。
同社は、年間の需要予測に基づいてまとめて製造した後は、基本的に追加製造をしません。これは過剰在庫を防ぐという点では良いですが、予測を超えて売れた場合は早々に品切れとなってしまいます。柳井正CEOは当時、『品切れは在庫を残すより悪である』と言っています。その言葉通り、同社は翌年度には製造数を7,000万枚に増やしました。その結果、その期は前期ほどの欠品は起こさなかったようです。2010年8月期は本格的に寒くなる前の1月で品切れとなっていますから、商品があればもっと売れたはずです。
仮に、翌年度の製造数である7,000万枚が売れたとすると、同年8月期はあと2,000万枚売れたことになります。ヒートテックの平均販売価格を1,000円、粗利率を2010年8月期の全社の粗利率52%と同じと仮定すると、機会損失は1,000円×2,000万枚×52%=104憶円にもなります。逃がした魚は大きかったわけです。在庫管理の難しさはここにあります。過剰在庫はキャッシュ・フローを悪化させますが、過少在庫は機会損失につながるのです。在庫は多すぎても少なすぎてもいけないということです」(150ページ)
在庫量はどれくらいにすべきかということについては、事業活動における古くからの課題であり、それは金子さんが述べておられるとおりです。だからといって、前回説明したJITに基づく生産活動は収益機会を減らすのかというと、そういうわけではありません。収益機会を逃すことは、完成品の生産量を見誤ることであり、JITは製造工程のむだをなくすことです。したがって、ユニクロでも、呼び方は異なりますが、精度の高いSCMを構築し、効率性の高い生産を行うことで、不要な在庫を抱えることを防いでいます。
話を戻すと、これまで私が中小企業の事業改善のお手伝いをしてきた経験から感じることは、需要は事前に把握することはとても困難であるということです。どちらかというと、予測よりも実際の需要の方が少なくなるということが多いですが、予測よりも実際の需要の方が多いということもあります。ですから、私としては、需要予測は控えめに行い、もし、よい方向に外れたときは、すぐに増産できるように準備をしておくということが最善だと考えています。
なお、「ビジネスは強気に臨まなければ収益機会を逃す」という考え方をする経営者の方もおり、私も強気に臨むことについては理解しますが、それを大義名分に、あまり根拠も持たず、多めの見積もりを行うことは避けなければなりません。また、最近は、中小企業でも精度の高い需要予測を行うことができるシステムも開発されており、それを使って収益機会の逸失を防ぐことが可能になりつつありますが、需要予測の精度を高めさえすればよいと考えず、生産効率を高めたり、不測の事態に備えたりすることも大切です。
2025/4/19 No.3048