[要旨]
トヨタ自動車のかんばん方式は、在庫を最小化する仕組みで、必要なものを、必要なときに、必要なだけ生産することから、ジャスト・イン・タイム(JIT)とも言われています。このかんばん方式は発注の情報を後工程から前工程に逆流させるところに本質があり、かんばんによる前工程に対する発注、すなわち製造指示があるまで後工程では製造を行わないため、仕掛品などのつくり置きを減らすことで、キャッシュフローが減少することを防いでいます。
[本文]
今回も、前回に引き続き、公認会計士の金子智朗さんのご著書、「教養としての『会計』入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、商品の仕入代金は、支払った時点では費用にならず、販売された時点で費用になることから、過剰在庫が発生したときは、損益計算書では把握することがでないので、もし、過剰在庫を見逃すと、その商品が販売不能になり、棚卸廃棄損として費用を計上することになりかねないため、キャッシュフローや在庫の管理を含め、多面的に事業活動を管理しなければならないということについて説明しました。
これに続いて、金子さんは、トヨタのかんばん方式について述べておられます。「トヨタ自動車のかんばん方式は、在庫を最小化する仕組みです。かんばん方式は、『必要なものを、必要なときに、必要なだけ』生産することから、ジャスト・イン・タイムや、その頭文字を取ったJITなととも言われています。かんばん方式は情報を逆流させるところに、その本質があります。製造業の場合、製造の各工程は少々つくり置きをして在庫を持っているのが普通です。そうでないと、後工程を止めることになるからです。対営業に対しても、せっかく注文を取った製品が欠品になっていたら怒られますから、完成品も少々つくり置きをして在庫を持っておきます。
調達部門は、材料を欠品させたらやはり製造ラインを止めることになりますから、少々買い置きをして在庫を持っておきます。これが普通の発想ですが、この後工程を思いやったちょっとずつの在庫が、製造業の場合は膨大な在庫につながるのです。自動車の部品点数は3万点と言われています。ということは、完成車1台につき、それだけの種類の部品在庫があることになります。また、仕掛品は工程間に存在しますから、工程の長さの分だけ仕掛品の種類が増えます。
部品と仕掛品のそれぞれが完成車の種類数だけあるわけですが、トヨ夕自動車の場合、完成車の種類も相当あります。つまり製造業の場合、在庫の種類だけでも部品・仕掛品・製品とあり、しかもそれぞれが大量に存在するということです。ですから、他を思いやったちょつとずつの在庫が、製造業の場合、雪だるま式に膨れ上がるのです。かんばん方式では、発注という情報を物の流れとは逆に流します。前工程からラックに入れられて運ばれてくる仕掛品には、残りがある一定量になるところにかんばんが挟まれています。
その仕掛品を使用する工程は、そのかんばんが出てきたら、それを前工程に戻すのです。これが前工程に対する発注、すなわち製造指示になります。前工程は後工程からの指示があるまで製造を行いません。製造をせずに待つなどということは、普通の感覚ではしないでしょう。なぜならば、忙しそうに働くことが『頑張っている』ということであり、評価もされるという暗然の前提があるからです。ボーっとしていたら『サポっている』と思われるのが普通です。
しかし、頑張って仕事をした結果は過剰在庫の山になるだけです。それはイコール、キャッシュの無駄遣いです。そうならないようにするために、かんばんを使って、後工程から前工程に情報を逆流させているのです。これを体系化したのがサプライ・チェーン・マネジメントであり、そのためのソフトウエアも製品化されていますが、トヨタ自動車はかんばんという極めて原始的な仕組みによって、はるか昔から実践しているわけです」(148ページ)
JITの正確な効果を示すことは難しいのですが、2024年3月期のトヨタと日産の棚卸資産回転率(=売上高÷棚卸資産)を比較してみました。トヨタの売上高(金融事業による収入を除く)は約41.6兆円、棚卸資産は約4.7兆円なので、棚卸資産回転率は約8.9回です。一方、日産の売上高は12.7兆円、棚卸資産は約2.1兆円なので、棚卸資産回転率は約6.2回です。これだけでは正確なことは断言できませんが、トヨタの棚卸資産は圧縮されていることがわかります。もし、トヨタの棚卸資産回転率が日産と同じだった場合、トヨタの棚卸資産は約6.7兆円となるので、トヨタは棚卸資産回転率を低くすることによって、約2兆円のキャッシュを増やしていると考えることもできます。
念のために付言しておきますが、これは、単純な比較なので、すべてがJITの効果とは限りませんが、JITのような効率化はキャッシュフローを生み出す効果があるということをご理解いただけると思います。しかしながら、JITには短所もあります。それは、金子さんも言及しておられますが、材料や仕掛品のつくりおきがないために、不測の事態によってトヨタの協力工場が製品を納品できなくなると、トヨタ本体と、他の協力会社は製造を停止しなければならなくなるということです。
しかし、製造停止のリスクを減らするために在庫を抱えれば、キャッシュフローを減らすことになる、すなわち、製造停止のリスクとキャッシュフローはトレードオフの関係にあります。トヨタはJITによって操業が停止してしまうリスクをあえて選び、キャッシュフローを確保することを優先しているので、私は、JITによる操業停止のリスクの高さは致命的な欠点とは考えていません。また、金子さんは、JITでは、前工程から指示が出るまで後工程では製造しないというこを言及しておられました。
これは、ある意味、もったいないと感じる方も多いと思いますが、これを極力減らそうとする考え方が、制約理論(Theory of Constraints、TOC)です。この制約理論は、製造工程を道路に例えると、渋滞している箇所の道幅を広げることで渋滞をなくし、製造工程全体の効率を高めることです。これは理論的には容易に理解できるものの、実践は難しい面もありますが、情報技術の進展によって実践しやすくなりつつあるようです。いわゆるスマート工場がその例です。したがって、トヨタのJITは、情報技術の進展によって、さらに進化していくものと私は考えています。
2025/4/18 No.3047