鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

事実の発生に基づいて取引を記録する

[要旨]

発生主義とは、収益と費用は、収入と支出ではなく、その発生の事実に基づき計上するというものです。現金の授受に基づいて収益・費用を計上する方法は現金主義といいますが、現金主義では事業活動の実態を正確に記録できないことから、現在は、ほとんどの会社では、発生主義に基づいて会計取引が記録されています。


[本文]

今回も、前回に引き続き、公認会計士の金子智朗さんのご著書、「教養としての『会計』入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、日常使われている収入と収益は同様の意味で使われることがありますが、会計では、収益は、売上、営業外収益、特別利益など、損益計算書の貸方の科目の総称で、収入はキャッシュの増加を指すということについて書きました。

これに続いて、金子さんは、発生主義について述べておられます。「発生主義とは、『収益と費用は、収入と支出ではなく、その発生の事実に基づき計上する』というものです。(中略)『収益と費用』は、『損益計算書のプラスとマイナス』という意味です。もっと簡単に言えば、『損益計算書の情報』ということです。『収入と支出』は、『キャッシュ・インとキャッシュ・アウト』という意味です。

つまり、『損益計算書の情報は、キャッシュの動きと切り離されている』ということです。お金をもらったときに売上高を計上するわけでもなければ、お金を払ったときに費用を計上するわけでもないということです。この点は、かなり勘違いしている人が多いように思います。では、何に基き計上するかと言うと、事実の発生です。『事実』とは、たとえば売上高だったら『商品の出荷』という経済的事実です。

事実の発生に基づいて計上するので、『発生主義』と言います。ちなみに、発生主義の反対は、現金主義と言います。現金の授受に基づいて収益・費用を計上するという考え方です。正直なところ、現金主義のほうが直感的には自然だと思います。現在も、小規模な企業では例外的に現金主義が認められています。しかし、原則は発生主義です。ツケがきく飲み屋さんを考えてみましょう。お客様が散々飲み食いした後、『ツケといて』と言ってお店を出て行ったとします。

この状態では、お店には現金は入ってきていません。しかし、飲み屋さんからすれば、商品やサービスは既に提供しており、その対価の請求権も有しています。あとは、実際に現金が入ってくるのを待つだけです。このとき、もし入金がまだだからといって売上高を計上しないと、『飲み屋としての商品やサービスを提供した』という事実も、『対価の請求権を有している』という事実も、どこにも記録されません。それでは飲み屋さんのビジネスの経済的実態を表しません。

飲み屋さんのツケと同じことは、企業において日常的に行われています。特に企業間取引においては、取引の都度、現金の授受は行わず、『当月末締め、翌月末払い』のような形で代金の授受を行うのが普通です。これは飲み屋さんのツケそのものです。これを信用取引と言います。個人の顧客であっても、クレジットカードで取引が行われたら全く同じことになります。そもそも、クレジットカードは『ツケ』をシステム化したものですから当然です。その都度、現金の授受をしなくなったのは当然の流れです。

現金の授受をするのは手間がかかりますし、ミスも起こりやすくなります。紛失や盗難のリスクも高まります。信用取引においては、キャッシュはある特定日にまとめて動いています。そのようなキャッシュの動きに応じて損益計算書の情報を記録したら、企業の経済的実態がタイムリーに記録できません。そこで、キャッシュの動きではなくそのキャッシュの動きの元となった経済的事実の発生に基づき損益計算書の情報を記録するようにしたのです。経済的事実の具体例は、出荷、着荷、検収などです。

出荷は販売元の倉庫から出たとき、着荷は顧客に届いたとき、検収は顧客の検査に合格したときです。着荷は、顧客側から見たら入荷です。信用取引では、仕入や売上高を計上する時点ではまだ入出金がありませんから、仕入先に対しては代金の支払義務、顧客に対しては代金の請求権を計上しておきます。仕入先に対して計上する科目が買掛金であり、顧客に対する請求権として計上する科目が売掛金です」(121ページ)

今回の引用部分は、逆を言えば、商品を販売した時点で現金を代金を受け取っていれば、収益と収入を区別する必要はないということになります。例えば、現金販売しかしていないパン屋さんがあったとします。このパン屋さんの場合、商品を販売した時点で販売代金の現金を受け取るので、売上という収益の発生と、販売代金の受け取りという収入の発生が同時に起きます。したがって、このパン店では、現金の受け取りが、収益の発生を意味することになりますが、これは、むしろ、一般的な生活者が認識している典型的な事業のやり方であり、現金を受け取れば利益が得られたことになると考えることは自然なことです。

しかし、事業が拡大してくると、商品や代金の受け渡しが複雑になって行きます。例えば、前述のパン屋さんの販売先が拡大し、近所の道の駅で委託販売をすることになったとします。その場合、月曜日から日曜日までの1週間の道の駅での販売代金から、道の駅の委託手数料を差し引いた金額が、さらに1週間後の月曜日に銀行に送金されるようになったとしたら、最長で2週間後に商品の代金を受け取ることになります。

このように、現在、多くの事業活動では、商品の動きと現金の動きは一致しないことが多いので、会計の記録もそれに対応した記録が必要になります。そこで、一般的な生活者としてはあまり意識する必要がない収益と収入の区別について、会計情報を活用するビジネスパーソンは、しっかり意識しておかなければならないということが理解できると思います。

2025/4/11 No.3040