鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

完全無欠の財務諸表の作成は不可能

[要旨]

重要性の原則は、「重要性の乏しいものについては、本来の厳密な会計処理によらないで他の簡便的な方法によることが認められる」というものです。財務諸表に求められていることは、財務諸表が全体として概ね企業の経済的実態を表していることなので、重要性が乏しいものまで厳密に処理しても、財務諸表全体としてはあまり意味がなく、業務を過度に煩雑にしないようにするうえで、重要性の原則は実務上重要な原則と言えます。


[本文]

今回も、前回に引き続き、公認会計士の金子智朗さんのご著書、「教養としての『会計』入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、保守主義の原則とは、「企業の財政に不利な影響を及ぼす可能性がある場合には、これに備えて適当に健全な会計処理をしなければならない」という原則で、この「適当に健全な会計処理」とは、損益計算書においては、収益はできるだけ遅く金額を少なく、費用はできるだけ早く金額は多く計上するように、貸借対照表においては、資産はできるだけ少なく、負債はできるだけ多く計上するという会計原則のことであるということについて説明しました。

これに続いて、金子さんは、重要性の原則について述べておられます。「重要性の原則とは、『重要性の乏しいものについては、本来の厳密な会計処理によらないで他の簡便的な方法によることが認められる』というものです。要するに、重要性の乏しいものについては手を抜いていいということです。経理担当者は、真面目であればあるほど、制度に忠実に従って会計処理をしようとします。それはそれで重要なことであり、経理業務の基本ではありますが、あまりにも細かく真面目にやりすぎると、経理業務はおちろん、他の業務も煩雑にしてしまいます。

企業に求められているのは、完全無欠の財務諸表を作成することではありません。仕事はすベて、限られた人員と限られた時間、そして限られた予算の中でやっていますから、完全無欠の財務諸表を作成することなど、そもそも現実的に不可能です。財務諸表に求められていることは、財務諸表が全体として概ね企業の経済的実態を表していることです。

ですから、重要性が乏しいものまで厳密に処理しても、財務諸表全体としてはあまり意味がないのです。これは、業務を過度に煩雑にしないようにするうえで実務上重要な原則と言えます。ただし、重要性の判断には大局観が必要ですから、一担当者にはなかなかできません。一定の管理職でないとできないでしょうし、上に立つ者の重要な役割とも言えます」(117ページ)

今回のテーマである重要性の原則は、厳密には企業会計原則の一般原則ではありません。ただし、企業会計原則の注解に、「企業会計は、定められた会計処理の方法に従って正確な計算を行うべきものであるが、企業会計が目的とするところは、企業の財務内容を明らかにし、企業の状況に関する利害関係者の判断を誤らせないようにすることにあるから、重要性の乏しいものについては、本来の厳密な会計処理によらないで他の簡便な方法によることも正規の簿記の原則に従った処理として認められる」と記載があります。

そこで、この注解の内容については、一般原則に準ずるものとして扱われ、「重要性の原則」と呼ばれているようです。さらに、その注解の中には、「前払費用、未収収益、未払費用及び前受収益のうち、重要性の乏しいものについては、経過勘定項目として処理しないことができる」と記載があります。例えば、会計期間が、4月1日から翌年の3月31日までのA社が契約している携帯電話の利用料金は、毎月21日から翌月20日まででで計算され、それを翌々月10日に支払っているとします。

この場合、2月21日から3月20日までの利用料金は4月10日に、3月21日から3月31日までの利用料金は、4月1日から4月20日までの分と合わせて5月10日に支払うことになります。したがって、A社の3月31日の貸借対照表には、2月21日から3月20日までの利用料金だけでなく、3月21日から3月31日までの利用料金も合わせて、未払費用として計上することになります。

しかし、携帯電話の利用料金が、毎月、ほぼ一定額であり、かつ、携帯電話の利用料金が、会社全体の費用から見て比較的少額である場合、3月21日から4月20日までの利用料金を、労力をかけて3月31日以前と4月1日以降に分け、3月31日以前の分を未払費用に計上するという厳格な会計処理を行うことは、重要性に乏しいと考えることができます。したがって、A社の場合、携帯電話の利用料金は、2月21日から3月31日分の利用料金(=4月10日支払い分)だけを未払費用として、3月31日の貸借対照表に経常することで差し支えないと考えることができます。

ただし、今回の例で示した、携帯電話の利用料金の例は、一律に、どの会社でもあてはめてよいということではないということに注意が必要です。金子さんもご指摘しておられるように、それぞれの会社の実情に照らし合わせて、専門家と相談した上で判断しなければなりません。また、今回の本旨とはそれますが、重要性の原則は、経過勘定以外にも、消耗品、消耗工具器具備品、その他の貯蔵品、引当金棚卸資産なども対象になっています。

2025/4/9 No.3038