鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

財務会計は『外部報告目的の会計』

[要旨]

会計制度には、大きく分けて、財務会計管理会計がありますが、財務会計は、主に、株主などが、利益を配分するための情報を得ることを目的として、一定の規則に基づいて作成され、管理会計は、経営者が経営判断を行うために、事業の性質に合わせて任意の方法で作成されるものです。なお、会社の情報は、財務会計だけでは十分ではない面があるため、銀行などには、決算書だけでなく、経営者が利用している管理会計の情報を提供することで、より、理解を深めてもらうことができます。


[本文]

今回も、前回に引き続き、公認会計士の金子智朗さんのご著書、「教養としての『会計』入門」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、株式会社は、不特定多数の人から出資をしてもらい、また、銀行から融資を受けて事業を行う仕組みであり、特に、株主は会社の議決権を持つオーナーでもあることから、株主の視点で事業の収支状況を把握し、適宜、報告できるようにすることが、安定的に資金の提供を受け、事業を発展させていくために大切ということについて説明しました。

これに続いて、金子さんは、財務会計管理会計の違いについて述べておられます。「世界初の株式会社は、1600年にイギリスが香辛料などの東方貿易のために設立した東インド会社です。ヨーロッパから東南アジアまでの長距離にわたる航海は、当時は非常にリスクが高く、無事帰って来られる可能性は決して高いものではありませんでした。

一方で、航海に必要な資金は多額に上りますが、そんなリスクの高いビジネスに1人で多額の資金を出す人などいません。そこで東インド会社では、それまで一致しているのが当たり前だつた所有と経営を分離し、出資額を小口化し、経営に携わらない人が少額の出資をできるようにしました。そうすれば、仮に航海が失敗しても、個々の出資者が被る被害は最小限で済みますから、資金を出しやすくなります。1人の出資額は少額でも、多数の人から資金を調達できるので、多額の資金調達が可能です。

こうして、東方貿易というリスクの高いビジネスにおいて多額の資金を調達することを可能にしたのです。まさに、現在の株式会社の原型です。リスクは分散されたとはいえ、出資者となるのは貴族などのそれ相応の人たちが多かったと思います。お金を出した貴族たちは、乗組員たちが東方貿易を成功させ、出資額以上のお金を返してもらうことを期待しています。しかし、港を出てしまえば乗組員たちは出資者である貴族の目の届かないところに行ってしまいます。長い航海です。

もしかしたら、寄る港寄る港で酒を買いあさり、ギャンプルに明け暮れているかもしれません。それでは困るので、貴族たちは乗組員たちに航海中のお金の出入りを記録させ、港に戻ってきたら貴族に報告させる仕組みをつくり、乗組員たちに課しました。これが、財務会計です。現在も、行われていることは基本的に全く同じです。現在の会社に置き換えれば、貴族が株主、船長が社長、乗組員が従業員、乗っている船が会社です。会計期間は航海期間です。

イギリスが設立した東インド会社は航海ごとに清算する方式を取っていましたので、実際に航海期間が会計期間になっていました。その後、オランダがイギリスに対抗して1602年に設立した東インド会社では、いちいち清算することをせず、企業は継続することを前提にしました。現在のゴーイング・コンサーンの原型です。これによって、人為的な会計期間である年度という概念が誕生したわけです。そして、港に戻ってきたときに貴族に対して行う報告が、現在の定時株主総会です。

定時株主総会のメインイベントは、決算報告に加えて、剰余金の分配に関して株主の承認を得ることです。剰余金の分配とは、いわゆる配当です。配当とは、今までの航海で稼いだ利益を貴族間で山分けすることです。このために使われる会計が、財務会計なのです。ということは、財務会計は誰のための会計かと言うと、港で待っている貴族のための会計なのです。一方、乗組員たちは、そんな貴族たちとは置かれている立場がまるで違います。乗組員たちはヨーロッパから東アジアまでの長い道中、大海原で戦い続けている人たちです。

たとえば嵐がやって来たら進路を変えるのか、航海そのものを止めるのか、判断しなければなりません。もしくは見知らぬ船が近寄ってきたら真っ向勝負で一戦交えるのか、逃げるのか、仲良くするのか、そういうことも判断しなければなりません。嵐がやってくるというのはマクロ的外部環境の変化です。見知らぬ船が近寄ってくるというのは、思いもよらなかったライバル企業が出現したようなことです。そういう変化に常にさらされていて、逐次判断をしなければならないのが乗組員の置かれている立場です。

そういう乗組員にとって有用な情報と、安全な港で結果だけを待っていればよいだけの貴族にとっての情報が同じでいいわけがありません。乗組員には乗組員ならではの情報が必要なはずです。それが、管理会計です。ですから、管理会計は、乗組員のための会計です。乗組員にとって、海図や羅針盤となる会計なのです。財務会計は『外部報告目的の会計』、管理会計は『内部経営管理のための会計』と言われることがあります。ここまでの説明で、言わんとしていることはよくわかると思います」(21ページ)

金子さんは、財務会計については、出資者が利益を配分するための会計、管理会計については、経営者が経営判断のための会計と説明しておられます。これを整理して、もう少し詳しく説明します。まず、財務会計は、利益がどれだけ得られたかという過去の結果を把握するための会計です。そして、社外の不特定多数の出資者が利用することから、その報告方法は制度として統一されているということが特徴です。その代表例が決算書です。

次に、管理会計は、経営者が経営判断を行うために利用するので、将来を予測できる情報を提供する会計です。また、会社の内部だけで利用されるので、事業の性質に合わせて、会社ごとに独自の方法で報告されることろが特徴です。例えば、商品別の月間販売推移などの資料がその例です。ここまでが今回の記事の主要な論点ですが、これに関して付け加えたいことがあります。

それは、前述の通り、財務会計は、事業活動の結果としての利益の配分のために、どれくらいの利益が得られたかということを把握することが主たる目的です。その一方で、経営者が経営判断をするために管理会計もつくられました。したがって、会社の事業活動の状態は、財務会計だけでは把握できる範囲に限界があるということです。ところが、中小企業経営者の方の中には、毎年、銀行に決算書を提出しているのだから、銀行は自社のことをよく理解していると考えている方も少なくないようです。

もちろん、決算書が会社の情報の基本ですので、そこから多くの情報は得られるものの、今後の見通しについて理解することには限界があります。そこで、中小企業では、決算書を提出していればよいと安心することなく、社内で利用している管理会計の情報や、経営者の方が、適宜、銀行を訪問して自社の情報を伝えることが、より、強力な支援を得ることができます。ちなみに、上場会社でも、年々、IR(投資家向け広報)活動が積極的に行われるようになってきています。

上場会社は、有価証券報告書によって、中小企業よりも精緻な情報を公表していますが、それだけでは株主からの支持を十分に得ることができないと考えており、自社の事業活動の将来性を、別途、積極的に発信しています。もちろん、中小企業は上場会社のようなIR活動をする必要はないと思いますが、決算書を中心とした財務会計に関する情報には限界があるということを理解することが大切だと思います。その上で、銀行との関係を深めようとする場合は、前述のような、管理会計に基づく情報の提供を行うことをお薦めします。

2025/4/4 No.3033