[要旨]
中小企業診断士の長尾一洋さんによれば、見込客へアプローチし、そのうち、失注した見込客をデータベース化し、再び、翌年以降もアプローチを続けることによって、複数年で受注率を高めることができます。このようなアプローチは、情報技術の進展によって実践できるようになったことであることから、競争力を高めるためにも、積極的に情報化武装を行うことが得策ということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、中小企業診断士の長尾一洋さんのご著書、「売上増の無限ループを実現する営業DX」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、DXとは、経済産業省の定義によれば、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズをもとに、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」であるということについて説明しました。
これに続いて、長尾さんは、「営業プロセスに沿ったデジタル化が、営業DXの基本です。ですが、営業のデジタル化は誰しもが通る道であり、私は他社との差別化のために、『失注客も財産にする』ということを大切にしています。これは、デジタルがあるからこそできることであり、多くの企業が、デジタルツールを導入していてもやっていないことです。ここに、競争優位を築けるチャンスがあります。たとえば、10件の潜在二ーズ客に営業をかけて、そのうちの50%が案件化し、案件化して追いかけたうちの60%に当たる3件が受注できた場合、最初の10件に対して最終的な受注率は305%になります。
この試算を聞いて、営業はそんなに甘くないと思った方も多いでしょう。確かに、10件に営業をして半分が見込み客になり、さらにそのうち60%を購入に至らせることができるのは、相当優秀な営業担当者です。ただ、ここで大切なことは、それでも受注率は30%に過ぎず、残りの70%は『失注客』として捨てられているという事実です。優秀な営業担当者であっても、70%は失注するのです。けれども、少し発想を変えれば、この失注した70%(7件)は、無駄にはなりません。
なぜなら、今回は失注したものの、元々『潜在二ーズはある』見込み客であり、一度は『顕在二ーズがある』と判断した2件もこの中に含まれているからです。『売れる可能性が0ではない』からこそ見込み客としてリスト化したわけです。そこで、この失注7件は、捨てずに2年目(2サイクル目)も継続してアプローチをするとします。前年の失注7件は、まったくの新規ではなく、一度は商談して、ヒアリングなども行ってある程度の情報を得ています。潜在ニーズ自体はあるので、相手の事情が変わったり、タイミングなどが合ったり、自社商品について理解を深めてもらったりすることで、受注に持ち込むことが可能です。
仮に、1年目と同様に案件化率が半分(50%)であったとすると、四捨五入で4件が見込み客となり、そのうち60%が発注してくれれば2件の成約を獲得できます。前年と今年の2年というスパンで考えれば、最初の10件から1年目に3件、2年目に2件で合計5件の受注、受注率は50%です。この時点で、失注客は5件残っています。さらに翌年、3年目(3サイクル目)、同様に案件化率50%、商談成功率60%で考えると、2件の受注で3年スパンでの受注率は70%です。
これを続けると、4年目には受注率は80%となります。この時点での失注客は2件です。ここまできたら、100%を目指したくなりますが、ここで無理はしません。経営者によっては『受注率100%を目指す』、『絶対にYESと言わせる』と過度な成果を目指す人もいますが、そのような営業効率の悪いことをしてはいけません。なぜなら、どんな商品やサービスにも、必ず一定の割合で『アンチ』が存在するからです。
感情的な嫌悪の問題もあれば、誤解や先入観で『絶対に買わない』と思い込んでいるような人もいます。競合企業に親類縁者がお勤めで他社からは買いづらいといったケースもあります。どんな理由があるにせよ、絶対買わないと決めている人や実際に『買えない』人を説得することほど無駄なことはありません。その力はもっと別のところで発揮すベきです。ただ、それでも、失注客をゴミ箱に捨てることはせずに『ダム』に入れておきます。
『ダム』とは、顧客データベースのことです。デジタルツールがあってこそ実行できるアイデアなのです。失注客の管理を何年も(何サイクルも)紙で行うと考えてみてくだぎい。面倒くさくて捨ててしまいたくなるでしょう。デジタルツールのない、紙で情報を管理していた時代には、アイデアはあっても実行できなかったことが、デジタルツールが簡単に使えるようになり、パソコンでもスマホでも実践できるようになったのです。これを活かさない手はありません」(35ページ)
長尾さんの挙げた事例は、あえて単純化されたものだと思いますが、概念として理解できると思います。長尾さんの示した事例は見込客に対するデータベース活用ですが、既存客に対するデータベース活用にも、CRM(Customer Relarionship Management、顧客関係管理)というものがあります。
これは、顧客の属性、購買履歴、問い合わせ履歴などから、個々の顧客にマッチしたアプローチを行い、関係を強化して、購入頻度を高めさせようとする手法です。このCRMは、情報技術の進展によって実現できるようになったもので、従来は、マス広告など、多数の顧客に均一にしかアプローチできなかったものが、より精緻な販売促進活動ができるようになりました。
この、見込客や既存客のデータベースの活用は、まだ、実践したことがない中小企業で、いきなりうまく活用することはできないかもしれませんが、年を追って、導入も容易になってきています。したがって、DXを実践している会社と、そうでない会社の競争力は、ますます広がって行きます。そこで、まだ、本格的にDXを実践していない会社は、直ちに、導入に着手し、競争力を高めて行くことをお薦めします。
2025/3/26 No.3024