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神奈川県綾瀬市にある、金属加工会社の吉原精工の創業者の吉原博さんは、かつて、高級リゾートホテルを利用したときに、料金によって応対に差別があったことに落胆したことから、自社の顧客に対しては、急ぎの受注があっても、特別の料金を受け取らない代わりに、納期が間に合わないときはそれを断り、すでに受注している顧客と差別しないような対応をするようにしているそうです。
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今回も、前回に引き続き、神奈川県綾瀬市にある、金属加工会社の株式会社吉原精工を創業した吉原博さんのご著書、「町工場の全社員が残業ゼロで年収600万円以上もらえる理由」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、吉原さんは、かつて、生産管理システムを導入したそうですが、このシステムを薦めてきた会社の営業マンに、システムを売り込む相手は、工場長ではなく経営者の方がよいと助言したそうですが、その結果、その営業マンは著しい営業成績を収めたことから、生産管理システムが会社経営に与えるインパクトが大きいことがわかるということについて説明しました。
これに続いて、吉原さんは、売上額の多寡にかかわらず、顧客を差別してはならないということについて述べておられます。「有名な某高級リゾートホテルを利用したときのことでした。そのチェーンの拡大のスビードを支えているのは『徹底したマニュアル化』だという話を聞いたことがありました。私は、そういって社員教育がどの程度、サービスの質を担保しているのか、非常に興味がありました。最初に利用したのは、静岡のリゾートホテルでした。このときはホテルのコンセプトや料理に感激し、さすがだと思ったものです。せっかくだから各地のホテルを利用してみたいと思い、その後、青森の妻の実家を訪ねる際にも途中にある系列のホテルに宿泊しました。
最初は、サービスの水準は十分に高いと感じていました。しかし朝食のとき、『何か苦手なものはございますか?』と尋ねられたとき、朝食はいつも赤だしの味噌汁が出るということを知っていたので、『赤だしの味噌汁は嫌いです』と言いました。苦手なものを確認してくれたのだから、ここでは別のものを用意するのだろうと思っていました。ところが、運ばれてきた朝食には赤だしの味噌汁がついていたのです。私は、苦手なものを聞くのはただのマニュアルであり、その後の対応が行き届いていないのだろうと考えました。
そう気づいて周囲の樣子を見ていると、どうもスタッフの顧客対応には相手によって差があるように感じられました。このときは夫婦で6万円程度のプランで宿泊していたのですが、中には10万円、12万円といったプランで泊まる人もいます。『高いお金を払って泊まるお客樣のほうに、より配慮する』、そういった態度が見て取れるのは、あまり気持ちの良いものではありませんでした。やはり、マニュアル化による急速な事業拡大は、社員教育の不徹底を招いたのかもしれません。
私はこの経験から、『お客様を仕事の大きさや支払額で差別しない』ということを徹底するようになりました。優先するのは、早くに予約を入れてくださっていたお客樣であり、いくらたくさん仕事をいただいているお得意様であっても、ほかの予約を後回しにして対応することはしません。もちろん、『特急料金を払うから、早く仕上げてほしい』といったご要望を受けることはありますし、その際は工程を見直し、機械をうまく空けられれば対応します。
ちなみに、問題なく対応できる以上は『特急』ではないので、料金は普通どおりです。こういった急ぎのご要望は、通常は8割方は対応できていると思います。しかし、そういった『お金は払うからなんとか早くしてほしい』という仕事がはいったとき、工程を何度も見直しますが、最終的に無理な場合は、お断りしています。それは、『お金さえ払えぱ優遇する』という態度が、先に予約してくださっていたお客様を裏切ることになると思うからです」(199ページ)
私は、「特急料金」を支払う顧客に対しては、特急で仕事を受けてもよいと思っているのですが、ただし、その場合は、特急でない顧客に対して、きちんとした仕事ができるという条件が前提です。吉原さんが「特急料金」を受け取らず、顧客を差別しないと考えているのは、仕事を受けた会社が顧客を差別することによって、差別された顧客へ販売する製品の品質を落とすことがあってはならないからだと思います。私もその点については吉原さんと同じ考えです。
そして、吉原さんの述べていることと趣旨が変わりますが、「マニュアル化による急速な事業拡大」は、私もほころびが出やすいと考えています。私は、マニュアルの整備は大切だと考えています。それと同時に、マニュアルに依存しすぎることも問題だと思っています。吉原さんに苦手なものを聞いたホテルの従業員は、表面的にマニュアルに従っていただけであり、マニュアルの目的である、よりよいサービスを提供するところまで深く習得していなかったのだと思います。
よりよい製品づくりやサービス提供は、マニュアルがあることが望ましいですが、マニュアルだけでは限界があり、それは、一朝一夕では実現しないということは、多くの方がご理解されると思います。その一方で、事業を急拡大している会社では、人材育成が間に合わず、その結果、製品やサービスの質を低下させることになってしまいます。だからといって、事業拡大はゆっくり行えばよいのかというと、決してそうではありません。なるべく速く事業を拡大をすべきであり、そのためには、経営者の方は、人材育成に注力しなければなりません。
ただ、その人材育成は、経営者や幹部職員にとって難易度の高い活動です。そこで、人材育成の途上の段階においては、吉原さんのよううに、いったん、「顧客を差別しない」という対応をすることもひとつの方法だと思います。そして、すべての顧客に一定水準の製品やサービスを提供できるスキルが定着してから、 より良質な製品やサービスを提供する体制を整え、より多くの収益を得る機会を増やして行くことが望ましいと、私は考えています。
2025/3/23 No.3021