鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

威張っているホームページに効果はない

[要旨]

神奈川県綾瀬市にある、金属加工会社の吉原精工の創業者の吉原博さんは、ホームページに、設備が最新である、大きな工場があるなど、自社のすばらしさを「自慢」する会社がありますが、そのような自慢をする会社は、顧客から相談されにくいのではないかと考えたそうです。そこで、同社では、自社が対応できないことをホームページに記載し、その代わり、価格や納期でのメリットがあるということを伝えているそうです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、神奈川県綾瀬市にある、金属加工会社の株式会社吉原精工を創業した吉原博さんのご著書、「町工場の全社員が残業ゼロで年収600万円以上もらえる理由」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、吉原博さんは、経営計画を作成するときは、収益などの目標だけでなく、それを実現するための方法も考慮し、現場の社員が実現に向けて頑張ろうと思える仕組みを取り入れるべきだと考えており、その具体的な方法として、例えば、「社員個人の夢と経営計画をリンクさせる」経営計画を作成しているということについて説明しました。

これに続いて、吉原さんは、自社のホームページに、自社が対応できないことを記載しているということについて述べておられます。「ホームページは吉原精工にとって重要な新規営業ツールとなっています。ホームページはただ公開していればよいというものではありません。このホームページを見て、お客樣が『吉原精工に連絡してみよう』、『仕事を頼んでみたい』と思ってくださるものでなければ、意味はありません。

実は最初にホームページを作るとき、私はいろいろな会社のホームページを見て『いいとこ取り』をしようと考えていました。そこで研究のためにたくさんのホームページを見る中で気づいたのは、多くのホームページが『威張っている』ということです。『ウチの設備は最新のものをそろえています』、『盤石の組織体制で仕事にあたっています』、『広大な敷地に建つ工場をご紹介します』、正確には記憶していませんが、こうした『ウチはすごいですよ』と訴えるような記述が非常に多かったように思います。

しかし、こうした『設備自慢』、『工場自慢』、『会社自慢』を並ベても、どこの会社でも『自慢』は載せていますから、結局はホームページの印象が似たり寄ったりになりがちです。それに、いままさに困つているお客様が『威張っている』ホームページを見て、『ここなら相談に乗ってくれそうだ、相談してみよう』と思うだろうか、とも感じました。そこで、私はそれまで考えていたホームページの中身をいったんチャラにして、吉原精工ならではのホームページを作ることにしたのです。

ホームページは、トップページから、『はじめまして』、『ないよう(会社概要&設備)』、『うまい』、『やすい』、『はやい』、『さーびす』、『ごめんなさい』、『さんぶる』、『おといあわせ』、『高校・大学』のページに飛ぶことができるようにしています。このうち『うまい』、『やすい』、『はやい』は、吉原精工が提供できるサービスの特徴を端的に表しています。『うまい』とは、製造業にとっては『高品質』という意味です。『やすい』は納入価格が安いことを表しています。そして『はやい』は短納期であること、私はこの3つがお客様に満足していただくための三原則だと考えています。

これらは私がお客樣の立場で吉原精工について、何を知りたいのだろうかを抜き出して並ベてみたものです。品質が高いこと、できるだけスピーディーに対応し納期を守ることは製造業として当然といえます。『安かろう、悪かろう』は論外で、ほかの会社より品質面で劣るということはあってはならないのです。ですから、より努力する余地があるのは、『やすい』というセールスポイントです。

そして、安さを追求することとは、すなわち効率化を図りコストを下げることであり、これまでにご説明してきたとおり、それこそ吉原精工が得意とするポイントなのです。新規のお客様から見積り依頼がきたとき、価格を提示すると、『これは本当にセットの値段ですか?1個あたりの値段ではないのですか?』と尋ねられることがあります。これは、セット価格が安すぎるので、『何かの間違いではないか』と考えるお客樣が多いからでしょう。

吉原精工のホームページで特徴的なのは、『ごめんなさい』のページです掲載しているのは次の9項目です。(1)切削加工設備がないため原則として前加工・後加工ができません。(2)加工素材のお手配は原則として行っておりません。(中略)(3)加工品の集配は行っておりません、宅配便でのお取り引きとなります。(4)集金もお伺いすることができません、指定口座へのお振り込みとなります。

(5)金型関係の加工は当社方針により受注しておりません。(6)微細加工(ワイヤ径0.2以下使用のミクロン交差加工)はくやしいができません。(7)大物加工はできません。X550・Y370・Z300以内の加工となります。(8)バックマージン等を含む接待は行っておりません。(9)年賀状・暑中見舞い・お中元・お歳暮などは取引先多数(約400社)のため廃止しております。

おそらく、ホームページでこんなふうにわがままを言う会社はめずらしいのではないかと思います。しかし、これら9つの『ごめんなさい』は、吉原精工が『うまい』、『やすい』、『はやい』サービスを提供するために必要なポイントであり、このわがままに対して『それでもいい』と言ってくださるお客様だけとお付き合いさせていただくことが、吉原精工ならではのサービスを維持することにつながると考えています」(166ページ)

ホームページで、自社ができないことを伝えるという会社は、しばしば、見られるようです。しかし、このような考え方は、ホームページだけに行われることではありません。例えば、マブチモーターのホームページには、同社の黎明期に、「顧客のニーズを集約し、最大公約数的な標準モーターを作ることにした」と説明しています。

「創業初期の主力市場であった玩具業界においては、お客様ごとに異なる要望に合わせて受注生産を行っていました。モーターが個別仕様のため、多品種少量生産となり、コスト高に陥る結果となっていました。また、その当時の玩具用モーターの大半は、欧米のクリスマス商戦向けの製品に組込まれるため、生産量の季節変動が激しく、年間を通して安定した雇用や品質の確保が困難でした。これらの問題が、モーター生産数量が急増するにつれ顕在化してきたため、根本原因である個別対応から脱却し、同時に季節変動を緩和する必要性があったのです。

上記の問題に対して当社は、お客様のニーズを集約し、最大公約数的な標準モーターを作ることにしました。機種を絞り込むことで大量生産や生産の平準化が可能となり、雇用と品質が安定し、個別対応時に比べコストが大幅に低減され、モーター価格を劇的に下げることが可能となったのです。モーターコストの低減は市場での価格競争力を持続・拡大させ、さらにモーターの性能を絶えず進化させることで用途の拡大にも効果を発揮しました。こうして標準製品を購入するお客様が増加すれば、規模の経済効果により、さらにコストを削減できるという好循環が生まれ、持続的な競争優位の維持に成功したのです」

売上を増やそうとするとき、できるだけ顧客の要望を受け入れようとする経営者の方は少なくないと思います。しかし、そのことによって、製品価格が高くなったり、安定した供給ができなくなったりするという、顧客からみたデメリットも発生します。そこで、吉原精工も、マブチモーターも、製品性能や付帯サービスを絞ることによって、製品価格を下げる、納期を短くする、安定的な供給を維持するというメリットを提供しています。

もちろん、価格が高くなってでも高い品質を求めるという顧客は存在すると思いますが、多くの場合、そのような需要は限定的であり、ニッチな製品を提供する会社でなければ、事業展開には向いていないと考えられます。したがって、吉原精工のように、顧客から見て自社が最も高く評価されるためには、どの強みを打ち出せばよいのかということを考えることが、安定的な事業展開につながると言えるでしょう。

2025/3/21 No.3019