[要旨]
神奈川県綾瀬市にある、金属加工会社の吉原精工では、創業者の吉原博さんが、かつて会社員時代に嫌だと感じたこと、すなわち、残業や早出出勤はさせないようにしているそうです。さらに、会議も極力減らしており、従業員の方たちの残業を減らす努力を妨げないようにしているそうです。こうした取り組みの根底には、頑張れば給料をきちんと払う仕組みと社員の頑張りはセットであるという吉原さんの考えがあるそうです。
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今回も、前回に引き続き、神奈川県綾瀬市にある、金属加工会社の株式会社吉原精工を創業した吉原博さんのご著書、「町工場の全社員が残業ゼロで年収600万円以上もらえる理由」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、同社では、融資取引は銀行1行に絞っているそうですが、その理由は、1行だけなら、その銀行が融資を断った時点で同社は倒産することになるため、それだけの覚悟を持って交渉することが大切だという考えによるものであり、また、普段から取引銀行に同社で起きたことはこまめに報告したり、月次試算表も毎月渡したりしているということについて書きました。
これに続いて、吉原さんは、ご自身が会社勤務時代に嫌だったことは、自分が経営者を務める会社では、部下にはさせないようにしているということについて述べておられます。「吉原精工では、私自身がサラリーマン時代に嫌だと思っていたことは社員にやらせないようにしています。もちろん、まず、残業は徐々に減らし、今では『残業ゼ口』です。もちろん、早出を要求することもありません。他にも、吉原精工では原則として会議をしません。朝礼もありません。
創業から36年間で、おそらく『会議』と呼ベるような社員の集まりは5回程度しか開いていないと思います。会議をやったのは、バプル崩壊、ITバプル崩壊、リーマン・ショック後の経営危機のときだけです。もちろん会議は就業時間内で行いました。『会議や朝礼をしないと言うと、“どうやって業務上必要な情報を社員に伝えるのか”と聞かれることが多いのですが、昼休みにお弁当を食ベているときなと、社員が揃っているときに伝達すれば済みます。あるいは業務中に何か伝えるベきことがあったら、現場で『ちょっとみんな集まって』と声をかけ、その場で話をします。
いずれも、伝えるベきことだけ伝えるなら、ものの1分もかかりません。つまり、必要なときに適宜、社員を集めるか社員が集まっている場で話をすれば済む、ということです。会議をやらなければ、私も社員も会議に向けて準備をする必要がありません。会議を開くとなると、『会識のための資料』を作ることが多いようですが、私は、社内会議のための書類作りというのは、ムダな仕事の最たるものではないかと思っています。
ほかにも、『15時から会議を開く』などと決めれば、その時間に会議に出られるよう参加者全員が仕事を調整することになります。『14時40分に手元の仕事が終わったけれと、会議があるから次の仕事にはかかれない」といった状況が生まれれば、仕事の効率性が下がってしまいます。皆が定時に帰るように1分1秒を争っている状況で、こうした時間があってはいけません。(中略)
私は、『頑張れば(給料や待遇などを)きちんと払う』仕組みと社員の頑張りはセットだと思っていまず。もちろん、世の中には『きちんと払うことで報いるのではなく、ほかの手段をとる会社もあります。『ウチの仕事はやりがいがある』などと社員を鼓舞したり、社員の誕生日に派手なお祝いをしたり、表彰をしたりするなど、『社員のモチベーションを上げる』といわれる手段はいろいろあります。同友会でも、そういった事例や工ビソードはたくさん学ぴました。
しかし私は、『自分がサラリーマンの立場だったら』と考えると、こういったやり方では納得してがんばれません。経営者としても、社員のモチベーションアップのためだけに、本質的とはいえない方法を考える気にはなれません。私は、社員がする仕事に対して十分な報酬で返すこと、休日などの社員に対する待遇をよくすることこそ大事であり、最も効果的か強力にモチベーションを上げる方法になると考えています」(125ページ)
まず、吉原さんが会社勤務時代に嫌だったことは、自分が経営者を務める会社では、部下にはさせないようにしているということは、ある意味、当然のことだと思います。ただ、立場が変わると主張も変わる人も少なくないので、吉原さんは、立場が変わっても考え方を変えずにそれを実践していることは、すばらしいということも事実だと思います。
ただ、私は、さらに注目すべき点は、吉原さんが、「『頑張れば(給料や待遇などを)きちんと払う』仕組みと社員の頑張りはセット」と考え、それを実践していることだと思います。経営者が会社の業績を高めたいのであれば、従業員に頑張ってもらわなければならないのであって、そうであれば、残業をしないで済むように努力している従業員の仕事を、会議を開くなどして妨げるようなことをすることは、自己矛盾することになります。ただ、私自身もそうですが、自分の考えと行動に矛盾することがあっても、なかなかそれに気づかないことがあります。
もし、吉原さんが会議を開くことをあまり躊躇しない人だったとしたら、従業員の方たちから、「会長は残業はなくすと言っておきながら、会議も多いので、残業をしなければならなくなる」と感じるかもしれません。これでは、当然のことですが、仕事の効率や成果だけでなく、従業員の士気も下がってしまうことになります。したがって、業績を高めるためには、従業員の方の仕事を効率化しようとする取り組みの障害となることを排除し、その努力が十分に報われる体制を整えようとすることが、経営者の重要な役割であるということを、吉原さんのご指摘を読んで、改めて感じました。
2025/3/18 No.3016