[要旨]
神奈川県綾瀬市にある、金属加工会社の吉原精工では、融資取引は銀行1行に絞っているそうです。その理由は、1行だけなら、その銀行が融資を断った時点で同社は倒産することになるため、それだけの覚悟を持って交渉することが大切だという考えによります。また、普段から、取引銀行に同社で起きたことはこまめに報告したり、月次試算表も毎月渡しているそうです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、神奈川県綾瀬市にある、金属加工会社の株式会社吉原精工を創業した吉原博さんのご著書、「町工場の全社員が残業ゼロで年収600万円以上もらえる理由」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、同社では、「プロ」は図面やデータをもとにワイヤーカット加工機を動かすまでの段取りを20分以内に終えられる人のことと明確に定義し、その水準まで全社員をレベルアップさせているそうですが、こうすることで、仕事の属人化を防ぐことができるようになり、また、生産活動も効率化し、業績を向上したということについて説明しました。
これに続いて吉原さんは、銀行との取引は1社に限定しているということについて述べておられます。「私は取引する銀行は1行だけにしています。これは、本当に経営が苦しくなって融資が必要になった場合、取引先の金融機関が2つあったら、どちらも、『ウチは難しいですね、もう一行にご相談されてみてはどうですか』と逃げてしまうおそれがあるからです。
1行だけなら、その銀行が融資を断った時点で吉原精工は倒産することになるでしょう。それだけの覚悟を持ってお互いに交渉し相談できることが重要だと思っています。これはテクニックというより、心意気の話です。かつては、取引先に大手銀行がたくさん並んでいるのがよいとされた時代もありました。また、今でも『複数の銀行と取引して金利の交渉をしたほうがいい』というアドバイスをする人もいます。しかし、いまのような金利水準では交渉して良い条件を引き出したところでたかが知れています。
それに、取引先銀行が複数あると、それぞれの銀行の担当者から、『ノルマ達成のために給与振込や公共料金支払いなどの設定をしてほしい』、『手形はウチで割らせてくれ』なとと頼まれ、獲得競争に巻き込まれることになります。このような場合、いくらパランスよく分けたつもりでも、担当者は『全部ウチで取引してくれればいいのに』と不満を持つものですから、結局、相手の中で吉原精工の重要度が低くなってしまう可能性もあるでしょう。
また、私は普段から、取引先の銀行には吉原精工で起きたことはこまめに報告しています。決算書は当然ですが、試算表も毎月渡しています。いざ銀行内で議書を上げる必要が生じたときに、営業担当者から、『吉原精工さんはこれだけ資料がありますから、大丈夫ですよ』と力強い言葉をもらうことが多いのは、こうした積み重ねがあるからかもしれません。日ごろから深く付き合うという意味でも、取引銀行は1行だけにしたほうが良いように思います」(100ページ)
私は、吉原さんの考え方が間違っているとは思っていませんが、銀行取引は1社ではなく、2~3社と取引をしておくことをお薦めしています。その理由は、1つの銀行としか融資取引のない会社が、もし、その銀行に融資を断られたときに、別の銀行に融資を依頼しようとしても、その時点で融資取引がない銀行では、融資取引を始めてもらえる可能性は低いと考えられるからです。このようなリスク回避の観点から、2~3社の銀行と融資取引をすることが望ましいと、私は考えています。
また、吉原さんは、「本当に経営が苦しくなって融資が必要になった場合、取引先の金融機関が2つあったら、どちらも、『ウチは難しいですね、もう一行にご相談されてみてはどうですか』と逃げてしまうおそれがある」と述べておられます。確かに、その可能性はあるでしょう。しかし、一方で、私が銀行に勤務していたときのことですが、「オタクの銀行で融資をしてくれないのだったら、別の銀行から融資を受けるけど、それでもいい?」ということを、しばしば、言われたことがあります。
もちろん、そのようなことを言う会社は業績のよい会社ですが、複数の銀行と融資取引をすることが、必ずしもデメリットになるとは限らないと思います。その上で、吉原さんの方針は誤りなのかというと、安定した資金調達を行うために、吉原さんのような考え方をすることも間違いではないと思います。私が銀行に勤務していた時も、融資取引を1社に絞っていた会社も、割合としては少ないですが、決して少なくありませんでした。
ただ、私が、吉原さんのような方針が有効であったのは、融資取引を1社に絞ったからというよりも、適宜、情報開示を行っていたからだと思います。すなわち、「普段から、取引先の銀行には吉原精工で起きたことはこまめに報告」したり、「決算書は当然ですが、試算表も毎月渡している」ということを行っているから、融資取引をする銀行を1社に絞る効果があるのだと思います。結論は、融資取引する銀行をいくつにするかということの前に、適宜、銀行へ情報開示を行うことが大切ということだと思います。
2025/3/17 No.3015