鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

社員間で情報やノウハウの共有をする

[要旨]

神奈川県綾瀬市にある、金属加工会社の吉原精工は、かつて、経営改革を進める中で、「名人」や「達人」をつくらないようにしたそうです。その理由は、仕事が名人に属人化していると、その名人が他社に引き抜かれたときに事業が継続できなくなったり、また、そのような状況がわかっているために、名人が経営者に反抗的になったりするからです。そこで、同社創業者の吉原博さんは、仕事が属人化しないよう、社員間で情報やノウハウの共有を進めていったそうです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、神奈川県綾瀬市にある、金属加工会社の株式会社吉原精工を創業した吉原博さんのご著書、「町工場の全社員が残業ゼロで年収600万円以上もらえる理由」を読んで、私が気づいたことについて述べてみたいと思います。前回は、同社では、かつて、3度のリストラを行った際、リストラの対象とする従業員は、「自分から率先して仕事をするかどうか」という基準で行った結果、「経営方針に合わなければ長年勤めでいた人でもリストラする」という経営者の本気度を、残った従業員の方たちが理解し、その後、仕事の効率化に率先して取り組んでくれるようになったということについて説明しました。

これに続いて、吉原さんは、会社の経営改革を進める中で、仕事の属人化をなくしていったということについて述べておられます。「吉原精工が間題の多い会社だった時代を経て、私は『名人』や『達人』を作るのは好ましくないと考えるようになりました。メディアなどで、『彼はウチの会社の○○名人』、『××の達人』などと、スキルの高い社員が紹介されているケースをよく見かけます。このように高いスキルを持った社員がいるのは、一見、良いことのように思えますが、その『名人』や『職人』が急に辞めてしまったり、さらに悪いことにライバル会社に引き抜かれたりしたら、会社は大きなダメージを受けることになります。

『名人』、『職人』がいて、彼らに頼っている会社は、いつなんどきその人材を失うかわからず、その結果として、経営に大きなダメージがもたらされる可能性があると言えるでしょう。ですから、私は、経営改革を進める中で、社員全員の能力が高まることで会社の利益がアップし、社員に還元される仕組みを作りました。それにより、高い技能を持つ社員が惜しみなく若手社員にノウハウを共有するよう促したのです。『この仕事はあの人しかできない』、そんな属人的な仕事は、なくなっていきました。

経営者として高いスキルを持つ社員と対峙するとき、『その社員にしかできない仕事』があって頼りにせざるをえない状況にあるとすれば、経営者は言いたいことが言いにくくなってしまいます。社員のほうも、『自分だけがわかっている仕事』、『自分だけができる仕事』があれば、鎧や兜、剣などで武装しているような状態になります。実際、偉そうになり、頑固になって、『俺しかできない仕事があるんだから、文句を言うな』とでもいうような態度をとることが少なくなかったのです。そのような状況にならないよう、社員間で情報やノウハウの共有を進め、社員を『武装解除』させていったわけです」(93ページ)

吉原さんがご指摘しておられるように、会社に「名人」がいて、仕事が属人的になることは好ましくない、そして、仕事のノウハウを共有して、全社員のスキルを高めることが望ましいということは、ほとんどの方がご理解されると思います。しかし、それは分かっていても、「名人」をなくすこがなかなかできないということも現実だと思います。

その理由として考えられることは、(1)「名人」にノウハウを共有してもらおうとしても、会社の中でのイニシアティブを失いたくないという名人の思惑から、それに応じてもらえないことがある、(2)もし、「名人」の機嫌を損ねて退社されてしまうと、事業を維持できなくなったり、または、代わりの人もすぐに見つけることができなかったりする、(3)「名人」に情報をシェアすることに応じてもらうことができたとしても、他の従業員の方にノウハウを習得してもらうまでに労力や時間を要する、などです。確かに、これらの課題を乗り越えることは容易なことではありません。

しかし、属人化を放置したままでは、吉原さんがご指摘したようなデメリットに加え、早晩、「名人」は定年や他社からの引き抜きなどで会社を去ることがあるわけですから、結局、何もしないままでも事業が継続できなくなるリスクは残ることになります。そうであれば、早い段階から、属人化をなくすための対策を講じておくことは避けられません。ですから、仕事が属人化している会社は、1日でも早く、属人化を解消するための働きかけを始めることをお薦めします。

2025/3/15 No.3013