鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

利益を公開してモチベーションを高める

[要旨]

神奈川県綾瀬市にある、金属加工会社の吉原精工では、社員が自分の働きと給与の関係を常に明示されていれば、社員のモチベーションが高まるという考えにより、会社の業績を社員に公開しているそうです。さらに、残業が増えているのに売上が増えていないときは、経営者と社員の間でその事実を直視し、残業代と利益がリンクするよう働き方を変えていくきっかけになもなっているそうです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、神奈川県綾瀬市にある、金属加工会社の株式会社吉原精工を創業した吉原博さんのご著書、「町工場の全社員が残業ゼロで年収600万円以上もらえる理由」を読んで、私が気づいたことについて述べてみたいと思います。前回は、同社では、若手社員にもベテラン社員にも、ボーナスは一律100万円を支払っているというだけでなく、ベテラン社員の給料は能力に応じて待遇しているので、若手社員も、自分の将来の待遇が明確に把握できるようになっていることから、定着率が高くなっているということについて説明しました。

これに続いて、吉原さんは、自社の業績を会社内に張り出して、従業員の方たちのモチベーションを高めているということについて述べておられます。「私は、社員には毎月の売り上げや利益を公開しています。社員がお茶を飲みにくる休憩スペースの壁に、A4の紙にプリントして業績の推移を張り出しているのです。きっかけは、同友会仲間の海老名市にあるベルザという企業が、ユ二ークなシステムを構築していることを同友会会員訪問見学会で知ったことです。ベルザでは、社員がその日の仕事量をパソコンに入力すると、次年度の昇給額やボーナスがわかるシステムを独自に導入して運用していました。(中略)

私は、そのシステムの話を聞いて大変驚きました。社員が自分の働きと給与の関係を常に明示されていれば、きっと社員は一生懸命仕事をするようにモチベーションが高まるに違いないと思いました。これはすぐにでも真似をしたいと考えたのですが、そのソフトは値が張るので、吉原精工で導入するのは難しそうでした。そこで、手っ取り早くベルザのやり方を真似するため、まずは紙に業績をプリントして張り出すことにしたわけです。

これにより、社員は月次の売り上げと利益の推移を見ながら、『今期はどれくらいの利益があるのか』をつねにチェックすることができるようになりました。吉原精工では、利益の半分がポーナスの原資になります。ボーナスの上限は手取り100万円(支給額約140万円)ですから、7人分だと約980万円。つまり、利益が約2,000万円に届けば、ボーナスを手取り100万円受け取れるわけです。『今期も帯封付きの札束をもらいたい』、そう思えば、社員は利益が増すように仕事を日々頑張るモチベーションが高まります。

期末に近づいてきて、『このまま頑張れば、100万円をもらえそうだ』となれば、安心できるというメリットもあるでしょう。ちなみに、業績が順調なときは昇給を実施することが多いので、『ボーナス100万円』をもらうための利益が確保できたからといって、その後にモチベーショがダウンするということもありません。壁に張り出す紙には、今の借金の額も載せています。繁忙期が続くと、社員は『会社が儲かっているだろう』と考えがちです。

しかし、借金がどれくらいあるかがわかっていれば、昇給に過剰な期待を持ってしまって、『もっともらえてもいいのではないか』といった不満を抱えるリスクもありません。もし残業のある会社で社員に業績の推移を開示する場合は、残業代も公開すベきだと思います。経営者仲間からよく聞くのは、『残業代の支払いが増えてきているが、売り上げが芳しくない、残業と売り上げがリンクしていない』という悩みです。

これは、経営者だけが心のうちにしまっておくより、社員に数字で開示したほうがいいと思います。残業が業績アップに寄与していないということが数字で示され九ば、社員や経営者にとっては原因を考えるきっかけになるでしょう。残業するのであれば、それに見合った売り上げや利益の増加がなければ意味がありません。社員への情報開示は、経営陣と社員の間で事実を直視し、残業代と利益がリンクするよう働き方を変えていくきっかけになるのではないかと思います」(72ページ)

私も、会社の業績を従業員の方と共有するという考え方には、基本的に賛成です。ただし、従業員の方に会社の財務状況を公開することについて、経営者の方の中には、次のような懸念を持つ人も少なくないでしょう。すなわち、会社の業績について、みだりに部外者に伝えてしまうのではないか、業績がよいときはいいが、業績が悪くなったときに、従業員に必要以上の心配をさせてしまうのではないかというものです。私も、経営者の方がこのような懸念を持つことは理解できます。

そこで、当初は、会社全体や部門ごとの売上高だけ、ついで会社全体や部門ごとの粗利益だけと、段階的に公開していきながら、従業員の方の会計リテラシーを高めて行き、最終的に、経常利益や銀行からの融資額などまで公開していくということが望ましいでしょう。なお、このような経営者の方は少ないと思いますが、経営者が会社の資金や財産を私的に使っているので、会社の財務情報を従業員に公開することは避けたいと考えているのであれば、それは財務情報を公開するかどうかとは別の問題でしょう。

しかし、逆に、財務情報を公開することによって、経営者は痛くない腹を探られるということもなくなります。話を戻すと、会社の財務情報を従業員の方と共有すると、吉原精工のように、従業員の方たちと経営者の方で、共通の課題にあたろうとする一体感が生まれ、従業員の方も、経営者の方と同じ視点を持ち、自律的・能動的に事業に臨むようになります。繰り返しになりますが、現時点で、従業員の方と財務情報を共有していない会社は、直ちに全面的に公開はできないとしても、段階的に公開していくことで、競争力の高い会社になっていくものと、私は考えています。

2025/3/12 No.3010