鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

不満を言うドライバーは戦力になる

[要旨]

エグゼクティブコーチの谷口りかさんによれば、埼玉県入間市にある野村運送では、現場で働く従業員からの情報を積極的に吸い上げ、それを経営判断に反映する仕組みを構築しているそうです。このことにより、従業員の方たちは、自分の意見が会社に影響を与えられると感じることで、より積極的に情報提供を行い、さらに、自身の業務に責任感を持つようになるそうです。そして、このような環境が、会社の業績を高める大きな要因になっているそうです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、エグゼクティブコーチの谷口りかさんのご著書、「2024年問題成長するトラック運送会社が見つけた『答え』」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、埼玉県入間市にある野村運送では、従業員の方たちに会社の財務情報を公開し、モチベーションの向上につなげているそうであり、具体的には、ドライバーが1日で稼いだ金額から経費を差し引いた利益を説明することで、会社の仕組みや給料がどのように成り立っているのかを理解することができ、自分がどれだけ会社に利益をもたらしているかや、自分の仕事の価値を実感してもらっているということについて説明しました。

これに続いて、谷口さんは、野村運送では不満を持っている従業員の方の意見を尊重するようにしているということについて述べておられます。「野村運送では、現場で働く従業員からの情報を積極的に吸い上げ、それを経営判断に反映する仕組みを構築しています。この『現場重視』の姿勢が、会社の成長を支える重要な柱となっています。青山会長は『不満を言ってくるドライバーは実はとても戦力になる』と笑顔で話してくれました。

『不満を感じるということは、それだけ視野が広い、細かいところが見えている、気づきがある、疑問を持って過ごしているということ。そう捉えて、まずはしっかり傾聴する、そういう目を持っている、つまり目線の付け方が、ただ“ハイハイ”と言われたことだけ素直にやっている働き方とは違うことを評価したい。そういうドライバーに、現場で気がついたことをどんどん言ってくれ、と話せる環境を用意してあげると、貴重な情報をちゃんと報告してくる』管理職がどれだけ頑張っても、現場をつぶさに観察することはできないけれどもそれは現場を担当するドライバーに任せればいい、と、会長は話されました。

そして自分たちの報告が会社のためになり、自分が評価されるとわかれば、例えば取引先に他社の営業が来ていたとか、新規事業を広げるらしいとか言った情報を報告してくると言います。そのため、役に立つお客様先の案件や情報を提供できた社員に対しては表彰を行ない、『新規開拓賞』として金一封が贈られます。こうした評価が、『自分の意見が会社に影響を与えられる』と感じることで、より積極的に情報提供を行い、自身の業務に責任感を持つようになります。

経営者にとって、不満を漏らす社員というのは、煙たい存在にしか捉えないことが多いでしょうが、青山会長の考え方はまさに、社員の多様性を可能性に捉える人材の捉え方をしているということでしょう。こうした取り組みを通じて、現場で得られる情報を経営に活かし、組織全体の活性化と持続的な成長を実現しています。社員と経営陣が一体となって目指すこの姿勢が、同社の強みの一つといえます。このように、野村運送では現場と経営陣の間の信頼関係を築くために、コミュ二ケーションを重視している姿がうかがえます。

この取り組みは、従業員一人ひとりの意見や要望を尊重し、会社全体の結束力を高めることを目的としています。また、毎月の給与支給時や定期的な面談を通じて、従業員と直接対話する機会を設けています。これらの場では、日々の業務に関する問題点や改善提案が話し合われるだけでなく、個々の生活やキャリアに関する相談にも対応しています。このような配慮が、社員に『会社が自分を大切にしてくれている』という安心感を与えています。マニュアル作成の機会を作り、トップが直接現場に出向き、社員と対話する姿勢も現場を知る一環です。

これにより、経営陣が現場のリアルな状況を把握し、迅速かつ的確な意思決定が可能になることはもとより、現場の社員も経営陣の考えや方針を直接知ることで、会社の方向性をより理解しやすくなるという効果があります。こうした双方向のコミュニケーションを基盤に、野村運送では現場と経営が一体となり、課題に取り組む文化が根付いています。この信頼関係が、従業員の働きやすさや会社の安定成長を支える原動力となっています」

この、野村運送の、「現場で働く従業員からの情報を積極的に吸い上げ、それを経営判断に反映する仕組み」は、ひところで言えば、心理的安全性を確保しているということだと思います。本旨から少し外れますが、「心理的安全性の主旨は理解できるけれど、従業員が言いたいことを、経営者が傾聴するだけでは、無理難題を言われるだけで、きちんと仕事ができなくなるのではないか」という懸念を持つ経営者の方もいると思います。

事実、心理的安全性を確保しようとする過程で、そのような無理難題を主張する従業員は現れると思います。しかし、心理的安全性を確保する目的は、野村運送の青山会長が述べておられるように、管理職では目が届かない現場の有益な情報を吸い上げることです。そこで、心理的安全性を高めていく過程では、我田引水的なことを話す従業員もいると思いますが、同時に従業員の習熟度を高め、全体最適の考え方ができるようにしていくことによって、会社の業績を高めるために有益な情報を提供する従業員を増やしていかなければなりません。

これがうまく行けば、これも青山会長が述べておられるように、「自分の意見が会社に影響を与えられると感じることで、より積極的に情報提供を行い、自身の業務に責任感を持つようになる」という、好循環が回るようになるでしょう。もちろん、このような好循環ができるまでにはある程度の時間を要しますが、心理的安全性によって従業員の方が能動的に活動している会社は、ライバルと大きく差をつけることができるでしょう。だからこそ、経営者や幹部の方は、部下たちの不満を煙たがらずに傾聴するという活動を根気強く行うことが重要と言えます。

2025/3/8 No.3006