[要旨]
エグゼクティブコーチの谷口りかさんによれば、千葉県四街道市にある日東物流では、従業員の健康診断を、単なる義務的なコストから、従業員の安全運行を支える投資へと位置づけを変えたそうです。その結果、従業員の病気を早期に発見できるようになり、また、会社にとっても従業員の休職で大きな損失を防ぐことができるようになったことから、双方にとってのリスク回避になったということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、エグゼクティブコーチの谷口りかさんのご著書、「2024年問題成長するトラック運送会社が見つけた『答え』」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、千葉県四街道市にある日東物流で、1人の退職したドライバーが労働組合を通じて会社に団体交渉を申し入れたことがきっかけで、就業規則の策定や雇用契約書の締結などを行うようにした結果、労働組合側の姿勢はトーンダウンし、2年後に解決に至ったそうですが、このような経験から、同社社長は、正しいことをやっていくことが、企業防衛やリスクへッジになるということが実感できたということについて説明しました。
これに続いて、谷口さんは、日東物流では、従業員への健康診断を、単なる義務的なコストから、従業員の安全運行を支える投資へと位置づけを変えた結果、会社と従業員の双方にとって、リスク回避になったということについて述べておられます。「日東物流の取り組みは、『正しいことをする』という理念から、社員の健康に関してもベクトルが向いていきました。
それは突然生まれたアイデアではなく、前出の事故の後、徹底的に『できていないことを洗い出す』中で健康診断の未受診があったことから、その徹底が課題の一つとして現れてきました。当初、健康診断は義務だから仕方なく実施するものであり、できるだけコストを抑えたいという考えが根強くありました。しかし、『なぜ健康診断を行うのか?』という根本的な問いに向き合った結果、むしろ、それをしないリスクの方がどれだけ大きいかを考えるに至りました。ドライバーの健康は安全運転に直結します。
運転中に脳梗塞などの発作で事故が起きるというような例は、毎年起きています。『健康診断を受ければ健康になるかっていうとそうではない。健康診断というのは、あくまで目的じゃなく手段であるベきであって、それは従業員さんたちを健康な状態で運行できるようにするというのが最大の目的。そして健康であることを定点観測するために健康診断というものが存在するベきですよね』健康診断は、ただ義務を果たすための形式的な行為ではなく、社員の健康状態を正確に把握するための重要な手段。
健康診断を単なる『義務的なコスト』から『従業員の安全運行を支える投資』へと位置づけを変えることで、本質的な取り組みへと進化させています。夜勤者は医師の許可があれば血液検査を省略することが可能でしたが、それでは社員の健康状態を正確に把握できないという課題がありました。例えば、コレステロール値や血糖値など、運転に影響を与えるリスク要因は血液検査を行わなければ見つけられません。同社は全員が正確な健康診断を受けられる体制を整え、必要な費用を積極的に会社として負担することで、この課題を克服しました。
さらに、健康診断の結果を活用するために、社員一人ひとりとの面談の実施を始めました。『別に自分の結果なんて興味なく、全然知らないよっていう人たちもたくさんいました。だからこそ面談をして、“あなたは血圧が高いですね”、“あなたはコレステロールが高いですね”、“あなたはなんか血糖値が高いですね、こういうこと気をつけましょう”とか、“体重がちょっと増えてきているから、少し痩せましょう”とか、そんな話をすることから始めました。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、それを重ねていった結果、従業員さんたちの健康に対する意識が高まってきて、それまでは単に“会社がやれと言っているから”という受け方から、自発的に再検査に行くというところまで持ってきた感じです』と、社長はそこまでの道のりを話してくれました。結果をただ渡すだけで終わらせるのではなく、改善に向けたアドバイスを行ったこと。はじめは義務的に行なっていたドライバー自身が自分の健康に対する関心が高まり、きちんと再検査なり、栄養士との面談なりを受けるようになったということです。
『それによって何が起きているかというと、病気になる人が増えたんですよ。どういうことかというと、樣々な病気の早期発見に繋がったのです』同社に転職してくる前の勤務先では、健康診断を受けても結果に無関心だった社員が、健康診断の結果に基づき再検査や栄養士との相談を行う仕組みを経験し、自分の健康状態を把握するようになりました。病院に行く『クセ』がついて、精密検査を受けることへの抵抗感が減り、きちんと再検査を受けることで、病気の早期発見に繋がるようになったのです。
もし気づかずに病気が進行してしまった場合、そのまま職場復帰もいつになるかわからないというような事態も考えられます。そんな最悪の状況を未然に防ぎ、『2週間の入院で職場復帰できるよ』と言われ、本人からは『ありがたかった、会社のおかげ、と家族と話している』と言ってもらえたことが増えたと言います。もちろん、大切なドライバーが病気休職になった場合、会社にとっても大きな損失ですから、双方にとってのリスク回避になっていることは言うまでもありません」
従業員の健康管理といった管理業務は、会社にとってコストも労力もかかるので、経営者の多くは、内心ではやらなくてすむのならやりたくないと考えているようです。しかし、健康管理をしなかったからといって、それは、従業員の健康面でのリスクが表面化しないというだけであって、健康面でのリスクがあることに変わりはありません。そうであれば、日東物流のように、従業員の安全運行を支える投資と考え、積極的に健康管理を行う方が、事故が起きるリスクを抑え、業績を高めることにつながります。
ただ、管理業務を積極的に行った経験がない経営者にとって、それを始めるときは、抵抗を感じると思います。でも、日東物流のようなよい事例があるわけですので、現在、従業員の健康管理を行っていないという会社は、ぜひ、1日でも早く実践していただくことをお薦めします。さらに、会社のリスク管理は、従業員の健康管理だけではありません。
自社の事業活動が誤った方向に向かっていないかを検証する業績管理、取引先から売上代金を回収できなくならないか調査する債権管理、会社内で保管している製品・商品の価額が適正であるか、売上と比較して適切な数量であるか、帳簿通りの数があるかを確認する在庫管理などがあります。管理活動は、直接、利益を増やす活動ではないので、小規模な中小企業では後回しにされがちなのですが、むしろ、管理活動によって事業活動の精度を高める方が、経営環境が不透明になりつつある時代は、より競争力を高めることになると、私は考えています。
2025/2/26 No.2996