[要旨]
公認会計士の森暁彦さんによれば、RIZAPは、かつて簿価割れした不採算の会社を複数買収し、会計のルールに従って、簿価割れした部分を負ののれんの償却益として収益計上していましたが、その後、買収した会社の業績が改善せず、損失を計上しながら資産が縮小していったそうです。このような負ののれんで収益を得る手法は、決して誤りではありませんが、限定的にすることが妥当と言えます。
[本文]
今回も、前回に引き続き、公認会計士の森暁彦さんのご著書、「絶対に忘れない『財務指標』の覚え方」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、森さんによれば、棚卸資産の評価を高く見積もると、利益を増やすことになりますが、適切な評価を行わない会社は、財務諸表に不自然さが感じられるようになるので、不適切な評価によって問題を先送りせず、適切な評価を行うことによって、正しい経営判断が行われるようにすることが大切ということについて説明しました。
これに続いて、森さんは、利益について無理な会計処理をし続けている会社は、貸借対照表に「膿」がたまってくるということについて述べておられます。「衰退企業や背伸びしている会社は、こうした会計の『幅』を使って、無理な会計処理を選択して、PL上の利益を実態よりも多く見せることをしがちです。しかしながら、無理してPLで利益を計上した企業は、そのバランスシート(BS)に『膿』がたまっていきます。業界の市場規模が伸びているときは、売り上げが伸びるのと一緒にバランスシートも大きくなっていく。
ビジネスの成長の結果なので、総資産の伸びはナチュラルでOKです。一方で、業界の規模が縮小していたり、自社が市場シェアを失ってきているのに、バランスシートが膨らんでいくというのは、ビジネスの直感に合いません。そんな会社は『会計上何かを無理しているのではないかな』と、私は頭の中でフラグを立てています。経営再建中のRIZAPグループの場合は、かつて『PBR1倍割れ(簿価割れ)』した不採算の会社を複数買収し、会計のルールに従って、簿価割れした部分を『負ののれんの償却益』として収益計上していました。
『負ののれんの償却益』とは、簡略化して言うと、簿価より安く買えたことで得した部分のことです。ビジネスの感覚としては、簿価割れする会社は、将来の事業の衰退・将来の営業損失が予想されているなどの状況にあるからこそ安価な株価であるはずです。だからこそ、より慎重な買収の意思決定を行ったり、買収先企業の資産を厳しく査定するなど警戒心を解かないのが経営の王道です。
RIZAPは(中略)、買収したグループ各社のビジネスの未来が不透明であるにもかかわらず総資産が膨らみ続けました。その後、『膿』のたまった資産のバースト(破裂)とともに、損失を計上しながら資産が縮小していく過程がわかります。もしRIZAPに松本晃氏などの経験のあるプロ経営者があと2年程度早く着任していれば、経営の王道に回帰し、別のシナリオでの持続的な成長があったのかもしれません」
いくつか補足をします。まず、PBRとは、Price Book-value Ratioの略語で、株価純資産倍率ともいい、PBR=株価÷1株あたり純資産(倍)で計算されます。理論的には、株価と1株あたり純資産は一致する、すなわちPBRは1倍となるのですが、会社の事業に将来性があるなど、会社が評価されている場合は、PBRが1倍を超えます。また、会社の帳簿上の資産の価額は、含み益や含み損があり、必ずしも実態を反映していないこともあるので、このこともPBRが1倍とならない要因になっています。
次に、のれん代ですが、会社Aが会社Bを買収するときは、理論的にはB社の純資産の価額が買収価額となりますが、B社のブランドやノウハウなど、無形の価値があると評価されている場合は、買収価額が純資産の価額を超えることがあります。そして、その差額は「のれん代」として、買収後のA社の資産の部に計上されます。例えば、A社の総資産が50億円、B社の総資産が10億円、B社の純資産が5億円のとき、A社がB社を6億円で買収したとすると、買収後のA社の総資産は61億円となり、そのうちの1億円が「のれん代」として資産の部に計上されます。(厳密には、A社は自社の資産から買収代金を捻出するので、買収後の総資産額が単純に61億円になるとは限りません)
一方、A社がB社を4億円で買収したときは、1億円が「負ののれん」となります。買収価額が純資産の価額を下回るのは、B社の将来性が見込めない、簿外債務がある、損害賠償請求などの訴えを受けているなど、ネガティブな要因があるときです。そして、B社の買収によって、A社の総資産は10億円増加、負債は5億円増加し、本来ならその差額の5億円が買収価額となるのですが、実際には4億円しか払わないので、差額の1億円が負ののれんになります。
では、この1億円はどのように会計処理するのかというと、(正の)のれん代は資産に計上しましたが、負ののれんのときは、1億円を特別利益に計上します。これは、なぜそうするのか疑問に思う人もいるかもしれませんが、ここでは会計の規則でそうなっていると理解してください。そのため、ライザップでは、業績の悪い会社を買収することで、特別利益を得ていたようです。その後、買収した会社の業績を改善させれば、ライザップ本体に悪影響が及ぶことはなく、負ののれんとして得た利益も正当な利益として評価されることになるでしょう。
ライザップは、事実、何社かの業績を改善させたようですが、すべてがうまくいったわけではなく、負ののれん以上の損失が発生するものもあったようです。私は、ライザップのような、買収した会社の事業を再生させるという手法は評価できると考えていましたが、そうであれば、事業ファンドとして高い専門性を持って行う方がよかったのではないかと、現在は考えています。
ちなみに、松本晃氏は、伊藤忠の勤務を経て、2009年から2018年までカルビーのCEOとして売上を2倍近くに伸ばした実力経営者ですが、2018年6月にライザップの代表取締役COOに就任したものの、10月にはCOO職を解かれ、2019年6月に、わずか1年で同社を去りました。松本さんは、ライザップ創業者の瀬戸健氏と意見が合わなかったようですが、松本さんも森さんと同じ意見だったのでしょう。私も、業績不振の会社を買収することが必ずしも間違っているとは考えませんが、それには限度があると思います。
2025/2/23 No.2993