鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

財務諸表には経営者の『特性』が現れる

[要旨]

公認会計士の森暁彦さんによれば、財務諸表は、会社の将来がどうなるかという情報はあまり多く得ることはできませんが、過去の不自然な情報を見抜くことはできるということです。それは、経営者が業績をよく見せたいという思惑によるものであり、そういった経営者の姿勢が反映されていると言えます。


[本文]

今回も、前回に引き続き、公認会計士の森暁彦さんのご著書、「絶対に忘れない『財務指標』の覚え方」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、森さんによれば、企業価値とは、企業が事業から将来生み出す現金を現在価値に割り引いた金額の合計額を意味するということであり、このことは、未来に明るい展望が開けて、世界全体が成長するモメンタムにあると、企業の価値も上昇するということについて説明しました。

これに続いて、森さんは、財務諸表には事業活動が衰退している兆候が表れるということについて述べておられます。「改めて、財務諸表(決算書)について押さえたいことは、それぞれに『キャラクターがある』ということです。財務諸表とは、つまり、一定の会計ルールに基づいて企業の経営者が作るもので、そこには『特性』や『クセ』、さらには『限界』があります。

財務諸表を読みこなす側のユーザーが、その『キャラクター』をよく理解すると、財務諸表や会計の数字やデータの裏にあるビジネスの本質が想像できるようになります。それによって、会社や事業が今どうなっているのか、今後どんな事象が発生していくのかという筋読みにも役立ちます。投資を行う際、取引先との取引条件を決める際、または、企業に就職する際に行う『判断の精度』が飛躍的に上がります。

ただし、財務諸表は過去の企業活動の結果をまとめたものです。つまり、いくら財務諸表を分析しても、これから成長する企業は見抜けないという悲しい現実もあります。企業の成長性は、インダストリーの成長性、個別企業の戦略、商品・サービス・テクノロジーの優位性、チーム(人的価値)その他の独自の強みの源泉で決まります。これらの全てが、財務諸表では表現されない概念です。

ですから、財務諸表から成長する企業を見抜くことに意味はありません。財務諸表は、本質的に『遅行情報』です。過去の情報は未来を占うのに有用ですが十分ではありません。そして、スタートアップ企業などこれから非連続に成長する企業は、当面の間、売上高は立ちません。むしろ、人件費や設備の償却費、広告宣伝費などのコストが先行しかかっている場合が多く、財務諸表上の業績は悪そうに見えます。

その一方で、財務諸表を読み込むと、その企業が衰退していることや、怪しい会計処理をしていることは、結構見抜けます。企業の停滞や衰退のサインが、財務諸表に出てくるのです。そもそも、企業の経営者には、『損益計算書(PL)の利益を増額させたい』というインセンティブが働きます。業績や株価の成長に責任を持っているからです。

だから、(1)怪しい会計処理の大半はPLの利益作りに終始し、(2)複式簿記の世界ではPL上の怪しい処理はバランスシート(BS)に『膿』としてたまってきます。財務諸表を作成する人が、会計のルールを熟知していて、財務諸表のユーザーをミスリードしようする悪意を持っていると、PL上の利益を“盛る”こともあります。実は、会計ルールを守りながら、利益を一時的に増やしたり、反対に損失を出すことも、簡単です。『かわいいPLは作れる』のです。

というのも、会計の基本ルールの中で自社ビジネスの実態を最もわかっている経営者が、複数ある会計処理の『選択肢』から自社に最も適切なものを選んでいくものだからです。経営者の裁量によって、PL上の利益を変動させられる『幅』というべきものが存在するのです。『なんでそんな粉飾決算を許容するようなあいまいなルールなんだ』、『あいまいさを許さない厳格な会計ルールを導入すれば良いだろう』と考える人もいるかもしれません。それは一理ある考え方です。

では、なんでこんな幅のあるルールになっているか。それは、ガチガチにルールを決めないことで、新しいインダストリーで新しテクノロジーを使って、これまで誰も想像していなかった新しいビジネスが生まれてきても、それなりに合理的な会計処理ができるというメリットがあるからなのです。ある意味、統制経済ではなく、自由経済で民主主義的な思想のもとで用意されているのが現代の会計です」

まず、後半部分の、「会計の基本ルールの中で自社ビジネスの実態を最もわかっている経営者が、複数ある会計処理の『選択肢』から自社に最も適切なものを選んでいくもの」について補足します。この「選択肢」でわかりやすい例は、売上をどの時点で認識するかというものです。その基準の主なものは、出荷基準、引渡基準、検収基準などがあります。

出荷基準は、商品を販売先に出荷した日に売上を計上する方法で、例えば、運送会社に委託して商品を顧客に届けている場合、この基準が適していると考えられます。引渡基準は、顧客に商品を届けた日に売上を計上する方法で、例えば、卸売会社が販売先に商品を届けたり、小売店が店頭で顧客に商品を販売したりしている場合に適していると考えられます。

検収基準は、商品を販売先に届けて、顧客が検収をした日に売上を計上する方法です。検収とは、顧客が、購入した商品について数量、品質、規格、品質などが発注したとおりとなっていることを確認することです。検収基準は、個別に商品の注文を受けて販売している業種に適しており、その理由は、個別受注の商品は、顧客が検収を終わるまでは、返品される可能性があるからです。この例のように、会計のルールは、事業に適したものを採用することで、効率的に取引を記録できるようになっているわけです。

次に、前半の、「複式簿記の世界ではPL上の怪しい処理はBSに『膿』としてたまる」についてですが、これは、見せかけの利益を増やそうとすると、BSにそのしわ寄せがたまっていくというものです。その最もわかりやすい例は、不良在庫による在庫の水増しです。例えば、古くなったり、壊れたりして売れなくなってしまった商品は、本来は廃棄して、その金額は費用として計上することが妥当です。

しかし、どういった商品を廃棄しなければならないかは明確に定められていないため、あまり費用を増やしたくないときは、売れそうにない商品を廃棄せずにすませることもできます。ただし、これが積み重なってくると、売上高に比較して棚卸資産の金額が大きくなり、貸借対照表が不自然になってきます。森さんの、「企業の停滞や衰退のサインが財務諸表に出てくる」というご指摘は、このような事例であると考えられます。

経営者としては、経営者の「通信簿」とも言える財務諸表をよく見せたいと考えることは理解できます。ただ、たまたま業績が悪化したとき、帳簿を操作して見かけだけよくしても、実態がよくなるわけではありません。それよりも、適切な会計処理を行い、財務諸表においても問題点を明確にして、それに真正面から対処することの方が、問題を早く解決することにつながると言えます。

2025/2/18 No.2988