[要旨]
公認会計士の森暁彦さんによれば、銀行は、融資の申請があった会社に対して、銀行の役割やマネーの特性を十分に理解できているか、すなわち、会社が大きな資金を受けるに足る洗練されたリテラシーがあるか、じっと観察しているということです。したがって、これからの財務担当者には、銀行の特性をよく理解しながら、適切なコミュニケーションを行う資質が求められるということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、公認会計士の森暁彦さんのご著書、「絶対に忘れない『財務指標』の覚え方」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、事業活動に投下する資金のうち、出資による資金の割合が低いと、ROEは高くなり、株主から見た会社の評価は高くなりますが、一方で、融資の割合が高い会社は経営が不安定と銀行に判断され、融資金利が高くなり、資金調達コストが上昇するので、円滑に融資を受けることができるようにするために、自己資本比率は30%以上とすることが望ましいということについて説明しました。
これに続いて、森さんは、銀行から円滑な融資を受けるには、銀行とのコミュニケーションが重要であるということについて述べておられます。「金融機関は、規模の小さい会社や若い会社は、しぼしばトラブルを起こしやすいということを経験則的に知っています。例えば、経営者が未成熟で無鉄砲にリスクテイクをしたり、事業が安定しなかったり、財務担当者がイマイチだったりするからです。事業の立ち上げ期や社歴が短い間は、どんなに優れた事業計画であっても、多くの場合エクイティでの調達が中心になります。
ちなみに、小さな会社ではエクイティの資本コストも高めです。このことを金融では『サイズ・プレミアム』と言うことがあります。企業のサイズが小さいとプレミアムが乗った資本コストを要求されるからです。会社が成長し、安定した利益を獲得できるようになると、エクイティの資本コストは低下し、また、デットの出番がやってきます。資本構成を考える上では、この定性的な要素もしっかり考える必要があります。ところで、これまで私が交流してきた経営者の中には、本当に素晴らしいなと思う方がたくさんいらっしゃいます。
事業をゼロから構想して立ち上げ成長させて……そんなヒーローのような起業家に憧れます。でもそんな素晴らしい方々とお話しして、すごくもったいない、惜しいなあと時に思うことは、銀行を中心とする金融機関とのコミュニケーションについてです。例えば、ある経営者はこう言います。『銀行はうちの成長性について理解してくれない!』、『銀行ももっとリスクをとってよ!』と。思いは分からなくもないのですが、銀行サイドの事情にも思いをはせ、少し発想を転換してみてはいかがでしょうか。銀行は成長性を理解できないのではありません。
単に、提供するマネー(貸し付け)の性質が『アップサイドは約定した金利でキャップ(天井)がある一方、最大のダウンサイドリスクは元本全額の毀損』であるため、リスクをとる理由がなく、回収の安定性をより重視しているだけです。銀行は多くの顧客基盤を持ち、長い歴史の中で様々な経営者や財務担当者とコミュニケーションをとってきました。銀行は、会社が銀行の役割やマネーの特性を十分に理解できているか、すなわち会社が大きな資金を受けるに足る洗練されたリテラシーがあるか、彼らはじっと観察しています。
一方の銀行サイドの本音としては、国内で預金はたくさん集まってくる、でも貸し出し先は全然足りていない(=預金が余ってしまっている)から、良い企業・事業には資金をどんどん貸し出したいのです。銀行の力を借りることができれば、より多くの資金の下で事業の成長は加速するでしょう。だから、これからのCFOなど優秀な財務担当者に求められる資質には、銀行の特性をよく理解しながら、適切なコミュニケーションを行うというものが挙げられます」
森さんの融資リスクと金利の関係に関するご説明は、それほど難しいことではないと思いますが、中小企業経営者の方の中にはこれを理解していない方は少なくないと、私も感じています。ちなみに、念のために貸倒引当金について説明すると、銀行は、半年ごとに、融資債権のうち、回収できない金額を見込んで費用計上します。この費用が貸倒引当金です。貸倒引当金は、債務者区分ごとに回収不能になった実績から、融資金額のうち、どれくらいを見込めばよいかを計算します。
債務者区分が正常先(≒黒字の会社)の場合、その割合は0.2%程度と言われています。要注意先(≒赤字の会社、ただし、要管理先、破綻懸念先、実質破綻先、破綻先を除く)は、2~5%と言われています。(なお、引当金を計算するにあたって、担保で回収を見込める金額は除いて計算されます)したがって、赤字の会社は、金利だけでも2%以上が得られなければ、銀行は採算を得ることができないというのは、森さんが述べておられるとおりです。
繰り返しになりますが、銀行が融資に応じない理由には、銀行がリスクをとらないという要因よりも、採算が合わないという面が大きいと言えます。ところで、話がそれますが、かつて、ミドルリスクの融資の需要に応じようとした銀行がありました。それは、新銀行東京(いわゆる、石原銀行)と、日本振興銀行(いわゆる、木村銀行)です。しかし、両行は、その構想通りに事業が進まず、事業が行き詰まりました。
その要因として、一部、乱脈融資を行ったことが指摘されていますが、私は、それは真の要因であるとは考えていません。なぜなら、ミドルリスクの融資が伸びていれば、乱脈融資をしなくてもすんだはずだからです。とはいえ、真の要因は私も明確に断定できないのですが、「業績の悪い会社を支援する」という政策によって、政府系金融機関が業績の悪い会社に低利融資をしていることが、ミドルリスクの融資の需要を吸収してしまっていることは間違いないと考えています。
話を戻すと、森さんは、「銀行は、会社が銀行の役割やマネーの特性を十分に理解できているか、すなわち会社が大きな資金を受けるに足る洗練されたリテラシーがあるか、彼らはじっと観察しています」とご指摘しておられます。すなわち、銀行が融資相手の会社に求めていることは、ビジネスセンスだけではなく、会計リテラシーも求めているということです。私も銀行で勤務した経験がありますが、その経験から考えていることは、中小企業では、会計について高度に専門的な知識を持つ必要はないものの、自社の状況を財務面で説明できる能力は必要であると考えています。
このような話をすると、「会社では決算書をつくって銀行に提出しているのに、それ以上に説明を求めることは、銀行が手間を省こうとしているのか」と受け止める経営者の方もいるようです。しかし、これは誤解です。確かに、決算書は重要な情報ですが、銀行が融資を判断するには、それだけでは不十分です。そして、銀行に対して自社を信用して融資に応じて欲しいと要求する一方で、会社に対する情報は限定的とすることは矛盾すると言えるでしょう。
むしろ、決算書だけで融資を判断させようとすれば、自社のポテンシャルを十分に理解してもらえないと考えるべきでしょう。また、融資をする側とすれば、経営者にある程度の会計リテラシーがあれば、ビジネスセンスも高いと判断します。ですから、「これからの財務担当者に求められる資質には、銀行の特性をよく理解しながら、適切なコミュニケーションを行うというものが挙げられる」と森さんがご指摘しておられるように、銀行との関係強化は、事業を安定的に活動するための重要な要素であると考えなければならないでしょう。
2025/2/16 No.2986
