鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

最適な資本構成に正解はないが…

[要旨]

事業活動に投下する資金のうち、出資による資金の割合が低いと、ROEは高くなり、株主から見た会社の評価は高くなりますが、一方で、融資の割合が高い会社は経営が不安定と銀行に判断され、融資金利が高くなり、資金調達コストが上昇します。したがって、円滑に融資を受けることができるようにするために、自己資本比率は30%以上とすることが望ましいと言えるでしょう。


[本文]

今回も、前回に引き続き、公認会計士の森暁彦さんのご著書、「絶対に忘れない『財務指標』の覚え方」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、かつては、日本の上場会社は、高度経済成長の下、株式持合などの慣行により、経営者は株主の意見をあまり意識せずにすんできましたが、低成長時代に入り、誰でも会社を成長させられる時代が終わったことで、いよいよ経営者の能力が問われるようになってきていることから、経営者は自らの経営方針をしっかり株主に伝え、協力を得られるようにしなければならなくなっているということについて説明しました。

これに続いて、森さんは、出資と借入の割合はどれくらいが適切なのかということについて述べておられます。「ROEは、財務レバレッジ(借り入れ=デット)の活用割合、すなわち資本構成によって大きく変わることにも触れました。資本構成とは、必要な資金のうちどれくらいを株主からエクイティとして調達し、どれくらいを銀行借り入れなどのデットでまかなうかという配分・割合のことです。企業価値を最大化するエクイティとデットの割合を『最適資本構成』と言います。それでは、最適資本構成は一体どういった水準なのでしようかしょうか。(中略)

最初に結論を申し上げると、最適資本構成について一概に『これが正解だ』と言えるものはありません。会社ごと、事業ごとに異なります。さて、(教科書で習う純粋なコーポレート・ファイナンスの理論はともかくとして、企業経営の現場の実際においては)一般的に、エクイティの資本コストよりデットのコスト(金利)の方が低いと言えます。エクイティの資本コストはおよそ8%前後、デットの金利はざっと1%未満~数%くらいであることが多いでしょう。銀行の金利はリスクに対して低すぎると個人的には思いますが、現在の日本においては、銀行はとても低金利のデットを提供してくれています。

金利がとても低く済むのは、(1)マイナス金利政策にあること、(2)日本人の国民性から銀行には多くの預金が集まる一方、国全体で成長率が低いため企業からの借入需要は少ないこと、そして、(3)都市銀行・信託銀行・地方銀行など、そもそも銀行の数がとても多いため、銀行間の競争が織烈になるからです。さらに、デットの金利コストは税務上、損金に算入でき節税効果もあるため、さらにお得です。銀行借り入れなどでデット比率を上げれば、株主にとって少ない元手で、かつ全体的に低い資本コストで、大きな事業を行うことができます。

その結果、『当期純利益÷株主資本』で計算するROEは、デットの比率を高めることで分母の株主資本が小さく済むことになり、高まります。ただし、デットが多くなれば、それだけ財務リスクは増大します。財務リスクが増すというのは、各事業にはサイクルやボラティリティがあって、景気が悪化し事業の収益性が下がったときに、例えば資金繰りがつかなくなったり債務超過に陥ったりする可能性が高まることを意味します。財務リスクが増えると、銀行は倒産リスクを織り込むため、デットのコストである金利が上昇していきます。つまり、業績にリスクがあるときや景気が悪化することを考えると、資本構成の中で無限にデット比率を上昇させることは得策ではありません。

では、どこに適切な水準があるのでしょう。(中略)一義的には、加重平均資本コスト(中略)が最も低い場所が最適資本構成であると考えられます。『よし(中略)、最適資本構成(財務レバレッジ)程度を見つければ良いのだな!』と、コーポレート・ファイナンスを勉強したてだった大昔の私は思いました。でも、M&Aや企業財務の実務に携わって分かったのは、このチャートを簡単に描くことはできないということです。企業によって置かれている状況が異なるため、決まった公式を当てはめることができないからです」

森さんのご説明をまとめると、出資を受けるよりも、融資を受ける方が、調達コストは低いので、なるべく多くの融資を受ける方がよい。ただし、融資額が多くなりすぎると、その会社に対する信用度合いが低くなり、それは融資金利を押し上げる要因になるので、ある程度は出資を受けなければならない、ということです。ちなみに、日本取引所グループの集計によれば、日本の上場会社の2023年度の自己資本比率は、34.94%のようです。一方、経済産業省が公表した、令和5年中小企業実態基本調査報告書(令和4年度決算実績)によれば、中小企業の自己資本比率は、41.71%のようです。

では、これらの数値が「正解」なのかどうかということについてですが、これは森さんもご指摘しておられるように、「一概に『これが正解だ』と言えるものはない」でしょう。その理由のひとつは、自己資本比率は目指すものではなく、結果としてそうなったという要素が大きいからです。なぜなら、事業に必要な投資はどれくらいか、資金調達はどのように行うかは、ある程度は自社でコントロールできますが、すべてコントロールできるわけではないからです。ただ、あまり低すぎることは問題なので、中小企業の場合は、会社の信用を損なわずに円滑に融資を受けることができるようにするために、最低でも30%、どんなに低くても20%を下回らないようにしなければならないでしょう。

中小企業の場合、出資によって資金調達を行うということは、会社設立時以外は、あまり行われず、ほとんどが銀行からの融資によって行われます。ですから、中小企業では、経営者が「資本構成」を意識することも少ないでしょう。だからといって、前述したように、すべての資金調達を融資で行うことは不可能です。したがって、中小企業の場合、円滑な融資を受けることができるようにするために、自己資本比率を維持することに注力することになるでしょう。では、自己資本比率が低くならないようにするためにはどうすればよいかと言えば、基本的には利益を得ることでしょう。現在は、利益を得ることは決して容易ではありませんが、利益の積み重ねは内部留保となり、自己資本比率を高めることになります。この他に、無駄な資産を持たないという方法もあります。このことも大切ですが、それには限界があるので、基本的には利益を得ることと言えるでしょう。

2025/2/15 No.2985