[要旨]
かつては、日本の上場会社は、高度経済成長の下、株式持合などの慣行により、経営者は株主の意見をあまり意識せずにすんできました。しかし、低成長時代に入り、誰でも会社を成長させられる時代が終わったことで、いよいよ経営者の能力が問われるようになってきていることから、経営者は自らの経営方針をしっかり株主に伝え、協力を得られるようにしなければならなくなっています。
[本文]
今回も、前回に引き続き、公認会計士の森暁彦さんのご著書、「絶対に忘れない『財務指標』の覚え方」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、ROEが高い会社は、株主からみて価値が高い会社ということになりますが、ROEを高くするためには、利益を増やす方法と、株主資本を減らす方法があり、後者は、主に、自社株買いによって行われるということについて説明しました。
これに続いて、森さんは、これからは株主を重視しなければならないということについて述べておられます。「特に2000年代まで、日本企業の経営陣は株主目線をほとんど持っていない、あるいは、ほとんど重視していませんでした。私が米系投資銀行に入社してバンカーになったのは2000年代中盤。バンカーとは、主に日本企業の経営陣に仕え、M&Aや資金調達を通じて、企業の株式価値向上をお手伝いする仕事です。
当時のことを思い出すと、経営陣や財務・経営企画担当者は、そもそも株主サイドの収益性指標であるEPS(一株当たり利益)やROEについて、どこまで重視していたかは確信を持てません。(もちろん、人や会社によりますけれども)計算の定義や計算方法に関する知識は持っていても、それが真に何を意味するのか、自分の業界・会社はいくらだったら良い水準なのかなどを理解して、使いこなしているケースは当時はまだ散発的だったと感じます。
私は、日本で株主目線がないがしろにされてきた理由は大きく3つあると思います。1つは、メインバンク制と株式持合制度です。企業は必要な資金をメインバンクから調達し、株式は友好的な企業に保有してもらうケースが大企業を中心に多くありました。メインバンクのパワーや情報量は強大です。企業としても、メインバンクと良好な関係を保っていれば、そつなく経営を行えます。この結果、企業は株主のためにリターンを生み出していく意識が薄かったのでしょう。
2つ目は、戦後の日本経済全体が長らく好調だったことです。バブル崩壊まで、日本経済は右肩上がりで成長していきました。マクロが良いと、ミクロである経営は誰がおこなっても誤差の範囲。経営の巧拙が、リターンに与える影響は限定的でした。しかし、バブル崩壊によって環境は激変します。大量の不良債権を抱えた銀行は財布の紐を締め、金融機関も企業もリストラモードに入りました。低成長時代に入り、誰でも会社を成長させられる時代が終わったことで、いよいよ経営者の能力が問われるようになりました。
ただ、それでもすぐには日本企業に株主目線は根付きませんでした。経営層のマインドが変わるのに時間が必要だったからです。これが3つ目の理由です。CEOは4年程度で退任しますが、同じ常識で育ってきた『次のCEO』の頭の中は、前任者と大きく変わりません。バブル崩壊で苦しんだ世代、負の遺産の後始末を担当した『別の常識を持っ新世代のリーダーたち』が経営層になるには、20~30年の期間が必要だったのでしょう」
良いか悪いかは別として、かつての日本の上場会社は株式持合をしていたことから、経営者は株主の意向をあまり気にする必要はありませんでした。そこで、形式的には株式会社でありながら、実質的には従業員の出世階段のゴールのポストである社長が実権を握っており、すなわち、会社の方針は、役員と従業員の「ムラ社会」で決められていたと言えます。念のために付言しておくと、このような状態は、かつての高度経済成長期には奏功していたのですが、バブル経済崩壊後は、かえって、機動的かつ柔軟的な事業活動の妨げとなったことは、多くの方がご存知の通りです。
話を戻すと、事実、現在はかつてより株主を意識しなければならない時代になってはいますが、株式会社の経営者は、株主の委任を受けて経営を行っているわけですから、現在の状態が本来の状態であり、かつてのように株主をあまり意識しなくてよかったというのは、本当の株式会社とは言えないでしょう。そして、株主は、能力の低い経営者に責任を追求するだけではありません。業績がよい会社の経営者であっても、さらに業績を高めるチャンスを逃していないかを追求されます。
そう考えると、「株式会社の経営者になるのはやめた方がいい」と感じる人もいるかもしれません。でも、常に株主から監視されているからこそ、よい経営ができ、そして、経営者自身の能力を高めることができると考える経営者も少なくないと思います。ちなみに、今回の記事は、上場会社を前提とする内容でしたが、中小企業でも、株主を銀行に置き換えると、同じことが言えると思います。現在の日本はコロナ禍が過ぎ、銀行は融資をする中小企業の選別を強めています。
かつてのように、「困っている中小企業を助けるのが銀行の役割だろう」という考えはますます通用しなくなっています。一方、自社の財務状況をしっかり把握し、銀行にきちんと説明できる経営者は、たとえ、業績が一時的に悪化しても、銀行からの信頼を得て、継続的な支援を受けらるでしょう。今回の話をまとめると、21世紀の経営者には、かつてよりアカウンタビリティ(説明責任)がより強く求められているということでしょう。
2025/2/14 No.2984
