鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

経営計画は社員個人の夢にリンクさせる

[要旨]

神奈川県綾瀬市にある、金属加工会社の吉原精工の創業者の吉原博さんは、収益などの目標を立てるだけでなく、それを実現するための方法も考慮し、現場の社員が実現に向けて頑張ろうと思える仕組みを取り入れるべきだと考えているそうです。そのための具体的な方法は、「社員個人の夢と経営計画をリンクさせる」ことであり、例えば、年収1,000万円、残業ゼ口、週休3日制に夏休みは2週間といった項目をすべて取り入れた経営計画を作成しているそうです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、神奈川県綾瀬市にある、金属加工会社の株式会社吉原精工を創業した吉原博さんのご著書、「町工場の全社員が残業ゼロで年収600万円以上もらえる理由」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、同社では、吉原さんが、「楽して儲ける」、すなわち、「経営者が従業員になり代わってもいいと思えるくらい、従業員が楽に働ける会社」を目指すことを方針にして経営改革を進めているそうです。経営者の中には、「一生懸命、額に汗して働き、遅くまで残業することも厭わないことが会社の利益につながる」と考えている人も少なくないようですが、吉原さんは、「楽に働いて必ず定時で退社することが社員の満足度アップにつながり、ひいては会社の利益につながる」と考えているそうです。

これに続いて、吉原さんは、会社の経営計画は、従業員の方の夢とリンクさせることが望ましいということについて述べておられます。「(吉原さんが所属している)同友会では、会員である経営者に『経営指針』と呼ぱれる経営計画を作ることを勧めています。長期的に『いつ、どんな夢をかなえたいか』を考えることは、誰にとっても有効です。先に大きな夢があれば、今が大変でも頑張ろうと思えるのが人間です。その意味で私は、会社は経営計画を立てることによつて夢を明示し、社員と共有することが必要だと思っています。

また同時に、会社の経営計画は社員個人の夢ともリンクしているべきだと考えています。社員が車を買う、結婚する、家を建てる、旅行に行くといった夢を持っているなら、その実現に向けた計画を立てざせ、会社の成長とリンクして実現できるかどうか経営者は考えなくてはなりません。なぜこんなことを言うのかというと、私が見る限り、多くの経営計画は会社の都合が優先された結果になっており、実効性がなくなっているからです。

ひどい話だと思った例でいえば、経営計画を作ったある経営者が、『経営計画の通りにやって利益を上げるのが社員の仕事、この通りにならなければ、社員が悪いのだから、昇給も賞与も一切なしにする』と言うのを聞いたことがあります。会社が勝手につくった目標、立てた計画というのは、社員からするとただのノルマです。そんなものを見せられた社員は、『この計画を達成したい』と思うでしょうか。

経営計画に基づくノルマが達成されなかったとき、経営陣が社員に指導や助言をするでもなく、次の目標を設定するだけというケースも多いようです。収益などの目標を立てるのは簡単ですが、それをいかに実現するかを真面目に考えるなら、現場の社員が実現に向けて頑張ろうと思える仕組みを取り入れなければなりません。それが、『社員個人の夢と経営計画をリンクさせる』ことだと思うのです。

経営計画は、会社の未来をより良くすることはもちろんですが、それにともなって、社員自身の夢をかなえられるものでなくては現場に浸透しないでしょう。現場から『ただのお題目』と見られ、意識すらされない経営計画には作る意味がありません。経営者は、経営計画を作るなら、同時に社員全員に今後の夢や人生の計画を書いてもらうベきでしょう。それを一枚一枚見ながら、どうすれば会社の夢を叶え、社員のライフプランを実現できるかを考えることこそ、経営者の仕事だと思います。

ちなみに私自身は、吉原精工の経営計画を作ったことはありませんが、『ああ、経営計画を作っておけばよかった』と思ったことがあります。昔の私の夢は、富士山が見える小高い丘に工場を作ることでした。仕事をするときに富士山がドンと見えていたら、それは気持ちいいだろうなと思ったからです。商品は宅配便でやり取りすればいいだろうと考え、『考えてみれば、工場はどこに作ってもいいんだな』と夢を膨らませ、いつでも好きな場所に移転できるように宅配便主体の体制を構築していたのです。

ところが、自分一人の心にその夢をしまっていて、ある日ふと夢を思い出したときに、社員はほぽ全員がマイホームを購入していました。せっかく社員が地元に根を張っているのに、工場を遠くに移転するわけにはいきません。私は、夢をあきらめざるをえませんでした。こんな『会社の夢』も、経営計画をつくって社員と共有しておけば、社員のライフプランとうまくリンクさせられたのではと思います。

会社と社員が、お互いの目指すところを知っておくことは、全員が幸せを追求していくうえで欠かせないことだと言えるかもしれません。また、経営指針を作成しているが、『いまひとつ上手くいかない』、『社員のモチベーション向上に結びついていない』ということもあると思います。結果が出ていない場合は、経営計画を思い切って再構築することをオススメします。その際に、経営指針を会社主体から社員主体に変えるのもありなのではと思います。

たとえば、ある会社の経営指針で年度計画の最終年をみると『自社ビルを建てる』と書いてありました。自社ビルの建設は経営者の夢です。しかし、社員の夢ではないのではと思います。それよりも、『給料を上げろ』、『休みを増やせ』が本音ではないかと思います。そこで従来の常識を破り、社員目線主体での構築をしてみてはいかがでしょうか。そのためには、まず社員と話し合い、社員の希望を聞き出します。

例えば、『年収1,000万円は欲しい』、『残業ゼ口』、『週休3日制に夏休みは2週間欲しい』の全てを了承し、そこからの計画作成に入ります。売り上げ目標は、社員は何人体制にするのか、仕事量の確保は、設備投資は、内部留保は……最後に計画の中に経営者の夢などをリンクさせて完成させるのです。これで、社員目線優先の経営指針作成の完成です。これだと社員も頑張りがいがあるのではと思いますがいかがでしょうか」(139ページ)

吉原さんの、「社員個人の夢と経営計画をリンクさせる」という考え方は、バランス・スコア・カード(BSC)とほぼ同じだと思います。BSCでは、数値目標(KPI)を設定するときに、財務の視点だけでなく、顧客の視点、業務プロセスの視点、学習と成長の視点を取り入れ、かつ、それらが有機的に組みわわされて、最終的な利益などの目標(KGI)を達成しようという仕組みです。

ちなみに、学習と成長の視点では、具体的には、従業員満足度や、従業員のスキルを高めることなどがKPIとして設定されます。従業員満足度に関するKPIには、給与の上昇率、休暇の取得率などがあります。BSCを活用して事業を再生させたことで有名な、サウスウェスト航空では、学習と成長の視点のKPIには、従業員にストックオプションを与え、株式の配当を通して会社の利益の配分を受けられるようにしています。

一方、「経営計画の通りにやって利益を上げるのが社員の仕事」と考えている経営者がいると、吉原さんがご指摘しておられますが、私も、経営計画をこのようにとらえることは誤っていると思います。経営者が、単なる「ノルマ」を、「経営計画」として従業員に押し付けることは、何のマネジメントもしていないことになり、経営者の役割を果たしていないことと言えます。

当然、そのような経営者が経営する会社は、従業員の士気が低いままとなり、業績も悪化するだけでしょう。その前に、経営者からの支援を受けず、独力でノルマを達成できる従業員は、会社に勤務する選択をせず、自ら事業を行うはずです。そもそも、事業活動は、利害の対立する利害関係者同士の利害を調整し、組織として最大の成果を得る活動であり、その調整を行うことが経営者の役割です。そして、その調整がどれくらいうまくできるかが、経営者の能力と言えます。

BSCの「バランス」とは、利害経営者同士の利害を調整するという意味でもあり、だからこそ、BSCに基づいて設定するKPIには、きちんと従業員の利害も明確にしなければなりません。まとめとしては、経営計画は、単なる、財務的な数値目標を記載するのではなく、それを達成するために、従業員、顧客、株主などの利害関係者がどれくらいのメリットを受けることができるのかを明確にすることで、効果の高い組織的な活動ができるようにするという観点で作成されなければなりません。

2025/3/20 No.3018