[要旨]
神奈川県綾瀬市にある、金属加工会社の吉原精工では、「プロ」は図面やデータをもとにワイヤーカット加工機を動かすまでの段取りを20分以内に終えられる人のことと明確に定義し、その水準まで全社員をレベルアップさせているそうです。こうすることで、仕事の属人化を防ぐことができるようになり、また、生産活動も効率化し、業績を向上させることができたそうです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、神奈川県綾瀬市にある、金属加工会社の株式会社吉原精工を創業した吉原博さんのご著書、「町工場の全社員が残業ゼロで年収600万円以上もらえる理由」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、同社では、かつて、経営改革を進める中で、仕事が特定の人に属人化していると、その人が他社に引き抜かれたときに事業が継続できなくなったり、また、その人が経営者に反抗的になったりするので、吉原さんはそうなることを防ぐため、社員間で情報やノウハウの共有を進めていったということについて説明しました。
これに続いて、吉原さんは、仕事の属人化をなくしていく中で、全従業員を「プロ」にする取り組みを行っていったということについて述べておられます。「『名人』、『達人』をなくす一方で、私が取り組んだのは、全社員を『プロ』にすることです。吉原精工でいう『プロ』は、図面やデータをもとにワイヤーカット加工機を動かすまでの段取りを20分以内に終えられる人のことです。20分で終えられれば、1時間で3台の機械を稼働させることができます。8時間あれば24台も動かせる計算です。
この数字の評価は、ワイヤーカット加工が身近でない方には少々わかりにくいかもしれませんが、私自身は計算してみて『20分』という基準は『プロ』としてちょうどいい目標だと思っています。10分で終える社員は、プロ中のプロというわけです。なぜ『社員をプロにする』ことを目指したのかというと、私が社員に仕事を割り振る際、社員一人ひとりの能力を見極めて処理時間を想定できなくては、工場全体を効率よく動かすことができないと気づいたからです。
また、そのような観点では、工場の稼働効率を高いレベルに引き上げるためには社員一人ひとりの処理時間を短縮していくことが必要だとわかります。そこで『プロ』とはどんな人材かを明確に定義し、その水準まで全社員をレベルアップさせようと考えたわけです。『人を育てる』と一口に言っても、やり方は多様です。『名人』、『職人』を育てるのではなく、社員一人ひとりに求める水準を明確化し、全員を『プロ』にすると決めたことで、吉原精工では工場全体の効率アップに成功しています。
私は、『(その会社における)プロ』を定義することは、人材育成にあたって重要なポイントではないかと思っでいます。よく料理人にたとえて説明するのですが、中華料理のプロであれば、厨房で野菜炒めを1品作るのにおそらく1分もかからないでしょう。一方、素人が野菜炒めを作たら、プロのように周辺に材料を準備しておいたとしても5分程度はかかるのではないかと思います。ざっくりいえば、プロが5品作る間に、素人は1品しか作れないわけです。
このように『プロ』と『素人』には歴然とした差があり、その差は仕事が積み重なれば重なるほど、全体の効率に大きく影響してきます。もし、社長と社員の間で『プロ』の定義について共有されていなければ、5分かかって1品作っている』状況は、『仕事はちゃんとしている』ということで容認されることになるでしょう。しかし、『1分で1品作るのがプロ』ということが明確になっていれば、5分かかる人、3分かかる人はその水準を意識して改善を目指すことになりますし、社長が社員に注意や叱咤激励をするときも、根拠を持って話ができるのです」(95ページ)
吉原さんの、「その会社におけるプロを定義することは、人材育成にあたって重要なポイントである」というご指摘は、ほとんどの方がご理解されると思います。そして、「プロ」を定義することは、それほど難しいことではないと考えられますが、これを実践している会社はあまり多くないようです。その理由として考えられることは、経営者の方は、自分が従業員に求めていることは従業員も理解していると考えてしまうからだと思います。
もちろん、従業員の方も、経営者の方の考えをまったく理解していないわけではないと思いませんが、例えば、「プロ意識をもって仕事をしてほしい」と社長から言われても、それを聞いた従業員は、「プロとはどういうことか」ということは、正確には分からないのではないでしょうか?でも、吉原さんのように、「ワイヤーカット加工機を動かすまでの段取りを20分以内に終えられる人」がプロであると、明確に定義していれば、そのプロの定義が正しいかどうかば別として、経営者の考えが正確に従業員の方たちに伝わるでしょう。
そして、定義を明確にしていない経営者の方の多くは、プロの定義を従業員の方に明確に伝えていないというよりは、自分が考えるプロとはどういうことかを明確にしていないのではないかと思います。すなわち、「とにかく、顧客から依頼されたことにうまく対処して、利益を出してくれさえすればいい」などと、漠然としか考えていないのではないかと思います。これは、事業活動も、生産体制構築も、人材育成も、成行的になっているからだと思います。
だからといって、もちろん、「プロの定義を明確にすれば、業績は改善するのか」というと、それだけでは直ちに業績は改善しないことも事実です。しかし、経営者がプロの定義を明確にすれば、従業員の方たちの足並みがそろい、効率的な事業活動ができるようになり、きっと、競争力が高まるでしょう。したがって、私も、吉原さんがご指摘しておられるように、プロを定義することは、人材育成にあたって重要なポイントであると考えています。
2025/3/16 No.3014