[要旨]
株式会社識学の社長の安藤広大さんによれば、権力とは権利を持つことが許された人がそれを正しく行使することだそうですが、その権利にはよい権利と悪い権利があるそうです。よい権利とは権利の範囲が明文化されていることで、悪い権利とは明文化されていない曖昧な権利で、いわゆる既得権益がそれにあたります。そして、既得権益は円滑な事業活動の妨げとなることから、経営者は既得権益を排除することに注力しなければならないということです。
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今回も、前回に引き続き、株式会社識学の社長の安藤広大さんのご著書、「とにかく仕組み化-人の上に立ち続けるための思考法」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、安藤さんによれば、カリスマ的な人がすくに思い浮かぶような会社は、組織としては未熟な状態であり、その理由は、カリスマ不在の組織では、きちんと仕組みがつくられていて、属人化されている仕事がなく、仕組みのおかげで役職員が活躍できているからだということについて説明しました。
これに続いて、安藤さんは、会社内の不文律となっている既得権益は排除しなければならないということについて述べておられます。「『属人化』ではなく『仕組み化』に頭を切り替える。(中略)そのために、人の上に立つ人は、ルールを決める責任があります。ただ、そう言うと、1つの勘違いを生みます。それは、『権力を握ることは悪いことではないのか?』という誤解です。政治や戦争のイメージが先行して、『権力=悪』と結ぴつけてしまいがちです。しかし、人が権力を持つことは、別に悪いことではありません。
権力とは、権利を持つことが許された人が、それを正しく行使するということです。まずは、その考えを認識しておく必要があります。役職に応じて決裁ができる仕組みは、組織において大事な機能です。ただし、『いい権利』と『悪い権利』を分けて考えなくてはいけません。その権利が『いい権利』であることには、ある『条件』があります。それは、その権利の範囲が『文章として明確になっているかどうか』です。誰に聞いでも『それは部長が決めることだ』と、全員一致で言えることが大事です。
そのように『いい権利』を与えられた状態を、識学では、『権限がある』と定義しています。では、『悪い権利』とは何でしょうか。これは、『文章として明確になっていない曖昧な権利』のことを指します。よく『既得権益』という言葉が使われます。『いちばん先輩であるAさんに話を通さないといけない』、『本当はメンバー全員が前もって納得しておかないといけない』など、明文化されていない裹のルールが、あなたの会社にもあるのではないでしょうか。
権利を持っていないのに、持っているように振る舞う。そんな陰の実力者が、どんな職場にもいます。そこまでわかりやすくなくても、多かれ少なかれ、『見えない決まりごと』が組織にはあります。そして、これがもっともトラプルを生む原因と言っても過言ではありません。なぜなら、その『悪い権利』があることによって、認識のズレが生じて、人によって言うことが違ってきてしまうからです。
これは、ある小さなIT企業で起こったトラブルです。そこでは、新入社員が自分の仕事を覚え、上司への確認をとり、新しい顧客を獲得してきました。すると、『そんなの聞いてない』と、ベテラン社員から不満が出たそうです。新入社員『上司には了承を得ました』ベテラン『いや、その業界の顧客は私が前に担当していた、だから話を通さないと』新入社員『そんなこと、どこにも書いてないですよね?』ベテラン『書かなくても、それくらい雰囲気でわかるでしょ?』
こうしたやりとりが多発し、その新人は、早々に会社を去りました。これに似た例は、会社組織で数多く発生しています。もし、ベテランの先輩に話を通すベきなのであれば、上司がそう伝えなければなりません。新入社員や中途社員に、上司から自分の言葉で説明する責任があります。あるいは、上司が『そのルールはおかしい』と判断するのなら、『悪い権利』として潰さないといけません。いずれにせよ、『責任をとって決めていない』ということが原因です」(79ページ)
今回、引用した部分の、不文律による既得権益が存在することの弊害は、安藤さんは詳しくご説明しておられますが、これは望ましくないということは、ほとんどの方がご理解されると思います。しかしながら、これも安藤さんが言及しておられるように、人は、どうしても、既得権益を維持しようとしてしまいがちです。そして、既得権益を持っている人にとってそれは都合のいいことですが、組織全体からみれば、既得権益が組織の円滑な活動の妨げになるので、やがて既得権益を持っている人にとっても自分の立場を危うくすることになります。
だからこそ、経営者は会社の既得権益をなくすことに注力しなければならないということは言及するまでもありません。そして、安藤さんは、「見えない決まりごと(=既得権益)」について、ベテラン社員が持っている例についてお示しされておられますが、私がこれまで中小企業の事業改善のお手伝いをしてきて感じることは、既得権益を最も多く持っている人は、経営者自身だと感じています。これは、いわゆるオーナー会社は、実質的に会社=経営者という状態なので、ある意味、自然なことなのかもしれません。
しかし、そのような状態は組織的活動の妨げとなり、「会社」という器は、いつまでたっても「個人商店」のままで、組織力を発揮して競争力を高めることはできなくなります。とはいえ、このような問題点は、少なくない数の経営者の方には認識されているようです。例えば、これまで何度かご紹介してきましたが、ドン・キホーテ(現在のパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス)創業者の安田隆夫さんは、2015年2月に開催された同社の中間決算発表の時、次のように引退を表明したそうです。
「当社のCEOは、後任の大原孝治へとバトンタッチしたが、それは、会社法上のCEO交代に過ぎない。当社には、より上位の、真のCEOとも言うべきものが存在する、それが企業理念集『源流』だ。(中略)ちなみに、『源流』の中にある『次世代リーダーの心得12箇条』の第5条に、『自分の権限を自身で剥奪し、部下に与える』とある。この条文の適用範囲に例外はないので、私自身も粛々とそれに従って勇退したということだ。(中略)
冒頭でも触れたが、『老害』の張本人になるなど真っ平御免で、そんな自分の姿を想像するだけでもぞっとする」安田さんも、ジム・コリンズの著書、「ビジョナリー・カンパニー」を読んで、カリスマ経営者に依存する会社は問題があると感じ、企業理念に基づく経営を行おうとしたそうです。前述したように、人は強い意志がなければ不文律の既得権益を持ちたいと考えてしまいますが、それは円滑な事業活動の妨げとなりますので、経営者自身が明文化されたルールに従う姿勢を率先垂範することがとても重要であると言えるでしょう。
2024/12/29 No.2937