[要旨]
経営コンサルタントの中村真一郎さんによれば、大口取引であっても、また、販売先が優良企業であっても、売上金の回収期間が30日を超える条件の場合は断った方がよいということです。それは、売上額や利益の大小以上に、「入金は早く、支払いは遅く」の鉄則を守ることの方が大切であり、それくらいの強い意志を持って、キャッシュフロー経営を行っていれば、倒産のリスクは大幅に下げることができるからだということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、経営コンサルタントの、中村真一郎さんのご著書、「悪いこと言わないから『起業』はやめておけ」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、中村さんによれば、月商の3か月分の融資を受けておくことが妥当であると言われることがあるものの、中村さんは、黎明期の会社は、経営者が必要と感じる金額の3分の1の運転資金で経営できないかを考えるべきと考えており、なぜなら、事業が不安定な黎明期の会社で多くの融資を受けることは事業の安定性が欠ける上に、運転資金の制約がある中でやりくりすることで、経営マインドが醸成されるからだということについて説明しました。
これに続いて、中村さんは、中小企業の資金管理は、経営者自身が関与することが重要だということについて述べておられます。「これは経営者によっていろいろな考え方もあるだろうが、個人的な意見を言えば、取引先の支払いサイトは30日以上にしないことをお薦めする。つまり、今月末に請求書を出したら、翌月末には支払ってもらうというサイクルである。私なら、取引先の支払いサイトが30日以上だとしたら『もっと短くできませんか』と交渉をする。それでも、30日以上でしか取引しない、交渉の余地もないと言うならば、その取引は諦めることを選択する。
それがどれだけ大きな金額の取引であっても、相手が優良大手企業であっても、である。『ちょっとくらい入金が遅くてもいいじゃないか』と思う方もいるだろう。しかし、売上額や利益の大小以上に、『入金は早く、支払いは遅く』の鉄則を守ることの方が大切だと私は考える。それくらいの強い意志を持って、キャッシュフロー経営を行っていれば、倒産のリスクは大幅に下げることができる。大事なので繰り返すが、『お金のことは経理担当者任せている』とか『奥さんがすべて取り仕切っている』という経営者もいるが、それは非常に危険な考え方だ。
家のやりくりを奥様に任せるかどうかは各家庭の考え方があるからといいとして、それと会社経営とを一緒にしてはいけない。万が一、資金繰がうまくいかなくて会社が倒産した場合、誰がどう責任をとるのか。そう、経営者であるあなたが全責任を負う必要がある。その時に、『お金のことは奥さんに任せていたからわかりません』では、話が通らない。経理担当に任せるのも同じことだ。さらに言えば、従業員と経営者では背負うべき責任の重さが全く違う。先々を見て経営者に『このあたりで資金が足りなくなります』とか、『この支払いをどうしましょうか』と直言してくれるくらい責任感のある経理担当ならいいかもしれないが、多くの場合はそうではない。
ある日、『来月の支払いができません』と突然言われて、何か打てる手があるだろうか。支払いを遅らせるにせよ、入金を早めてもらうにせよ、ほとんどの場合、1か月くらいの猶予では動きようがない。一方、これが3か月前、半年前から把握できていれば、早めに動けるし、根回しができる。起業したての経営者こそ、お金の動きに意識を張るべきなのである」(85ページ)
稲盛和夫さんが、「値決めは経営である」と述べておられることは有名ですが、これは、経営者は自ら収益管理に深く関わらなければならないということだと思います。今回の引用部分の主旨は資金管理ですが、稲盛さんの言葉も、中村さんのご指摘も、経営者は財務管理について部下任せであってはならず、主体的に関わらなければならないという点で根本的なところでつながっていると思います。
ところで、私が銀行に勤務していたときの経験では、融資を受けている会社のほとんどは、毎月中旬にならないと月末の資金繰がわからないという状態でした。ですから、1か月先の資金繰を把握しているだけでも、そのような会社は優秀な会社だと感じていました。ましてや、中村さんがお薦めしておられるような、3か月先、半年先の資金繰を把握している会社は、銀行から見て優良な会社であると評価されるでしょう。
それだけでなく、もし、6か月間の資金繰表を作成し、それを銀行に提出していれば、融資審査に有利に働くだけでなく、銀行側からも資金繰を安定させるための有利な提案をしてもらえることも十分に期待できます。そして、これについては明確な因果関係を示すことはできないのですが、こういった財務管理を行っている会社は、事実、業績は高くなっているようです。
それは、恐らく、精緻な管理を行っていれば、さまざまなリスクに対し、前もって能動的に対処できるからだと思います。逆に、管理を行っていない会社では、例えば、売上金の受取条件はどこまで譲歩できるかということも前もって把握できていないことから、販売先に主導権を握られ、不利な条件で取引をしてしまうからだと思います。中村さんのご指摘するように、日頃から資金管理をしていて、「回収条件が30日を超える取引は、会社の資金繰に悪影響を及ぼす」ということが分かっていれば、そのような取引を最初から断ることができます。
多くの中小企業では、「管理業務より売上を増やすことに注力すべきだ」という考えを持っている経営者は多いようです。もちろん、経営者は財務管理だけを行っていればよいというわけではありません。しかし、せっかく売上を増やしても、それが採算が合わないものだったり、資金繰を悪化させるものであれば、売上を増やした努力が無意味どころか、会社の事業に悪影響を与えることになってしまいかねません。ですから、経営者の方は、攻める(売上の増加)だけでなく、守り(精緻な管理)の両方のバランスをとれた活動を行うことが重要だと、私は考えています。
2024/12/15 No.2923