[要旨]
経営コンサルタントの中村真一郎さんによれば、起業時に日次資金繰表を準備しておかなければならず、また、これを作成して資金管理することは、経営者にとって最も重要な仕事であると思っているそうです。そして、日次資金繰表を毎日見る習慣がついていると、「ここで資金不足が発生する」というタイミングが見えてくるので、それを把握できていれば、例えば仕入先に代金支払いを遅らせてもらう、あるいは販売先から入金を早めてもらうといった手を打つことができ、そうすれば、少なくとも3か月先までは資金ショートで経営が立ち行かなくなるということを回避することが可能になるそうです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、経営コンサルタントの、中村真一郎さんのご著書、「悪いこと言わないから『起業』はやめておけ」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、中村さんによれば、起業時に融資を受けることは避けるべきであり、その理由は、(1)融資を受けることで資金管理の真剣味が薄れるてしまう、(2)融資を受けてまとまった資金があると、保険料や納税などの経常的な支出に充てられてしまい、すぐに底をつく、(3)事業が軌道に乗らないうちにまとまった額の負債を抱えることで、事業が失敗したときの負担が大きくなるということについて説明しました。
これに続いて、中村さんは、日次資金繰表による資金管理が大切であるということについて述べておられます。「独立する前に準備しておくべきもの、それは『日繰り表』である。この日繰り表は、『日次資金繰り表』とも呼ぶことがある。読んで字の如く、資金繰りを日次で管理する表のこと。私はこの日繰り表を見ることこそ、経営者にとって最も重要な仕事であると思っている。
日繰り表の書き方には特別決まりやルールがあるわけではないし、難しく考える必要はない。ただ『いつ、どこから入金があったか』、『いつ、どこに支払いを行ったか』、さらには『入出金があった後の預金残高』を書いておけばいい。そして、できれば半年先、最低でも3か月先までの入出金が確定しているもの、もしくは予想されるものを、日付も入れて書いておく。日繰り表を毎日見るクセがついていると、『ここでキャッシュが足りなくなる』というタイミングが見えてくる。
どのタイミングで資金がショートするかがわかっていれば、例えば支払いを遅くしてもらう、あるいは入金を早めてもらうといった手を打つことができる。そうすれば、少なくとも3か月先までは資金ショートで経営が立ち行かなくなる、という状況は回避することが可能だ。『そんなに細かい資金繰りを経営者が把握する必要があるのか』こう思う方がいるかもshりえない。実際、経営者の中にはこうした資金の動きを全く把握しない、経理担当に任せきりにしている人もいる。しかし、これは会社の舵取りを人に任せているようなものだと私は思う。そしてこのことに健全な恐怖心を持ってほしい。
私自身のことで言えば、過去、30年間、私がメインで経営にあたっている会社に関しては、自分でネットバンキングにログインをして、自分で日繰り表を記入している。(中略)『どの会社がいつ資金ショートするのか』『どの会社はいつ資金が残り、不足する会社へグループ内貸付が可能か……』こういったことを自分で全て把握しているのだ。そしてこの際、資金がショートする『時期』ではなく、具体的な『日付』まで確認する必要がある。ここまで徹底しなければ、地に足がついたしっかりとした経営はできない。
たとえ会社が赤字だろうと何だろうと、資金ショートさえしなければ倒産は免れるし、仮に差し押さえされようと何が起ころうと、資金繰りさえ上手に回せていれば会社は潰れないのである。また、日繰り表さえ確認しておけば、どうしても資金が回らない場合、取引先や関係各所に頭を下げることで対処できるかどうかも判断ができる。それをさぼり、放置して責任逃れすれば、会社は潰れてしまう。というか、経営者が潰して逃げるのだ。そんな情けない経営者になってほしくない』(64ページ)
中村さんの書いているご主旨とは異なりますが、日次資金繰表を作成していると、銀行への融資申請が円滑になります。というのは、資金不足には、主に、2つの要因があります。1つは収支ずれによるもので、もう1つは不採算によるものです。会社によっては両方の要因で資金不足になることもあります。中小企業では、「資金不足になるので融資をして欲しい」と銀行に融資の申し込みをすることが多いと思いますが、銀行としては、当然、資金不足が起きるから融資の申し込みをしてくるということはわかっているので、その資金不足が起きる理由に大きな関心があります。
ただ、会計があまり得意でない経営者の方は、資金不足が起きることは把握できても、その理由までは把握していないことが多いので、銀行としては知りたい情報が得られないということは珍しくありません。でも、日次資金繰表があれば、資金不足の原因を銀行が把握することができるので、銀行は融資の判断をしやすくなります。(資金不足の原因は、厳密には、資金運用表を作成しなければ把握できませんが、日次資金繰表でも、おおよその原因を把握できます)
もちろん、日次資金繰表を銀行に提出すれば、必ず融資を受けることができるようになるとは限りませんが、これを提出する方が、融資の回収原資がいつ得られる予定であるかということを銀行は把握できるので、融資判断に有利に働くことは間違いありません。よく、融資に消極的な銀行に対して、目利き能力が欠けているという批判が行われることがありますが、私も銀行の目利き能力が十分であるとは考えていないものの、融資申請者から銀行に対して十分な情報開示(ディスクロージャー)が行われていないことも、銀行が融資判断に消極的になる原因になっているという面は否定できないと私は考えています。
話を戻すと、日次資金繰表を作成していると、3か月から6か月の資金残高を見通すことができるので、中村さんもご指摘しておられるように、前もって手を打つことができます。すなわち、いきなり資金不足になって、事業を停止せざるを得なくなるという危険が減少します。ところが、日次資金繰表の作成の仕方はそれほど難しくはないものの、これを実際に作成している中小企業はあまり多くないようです。
その要因として考えられることは、もちろん、日次資金繰表を作成するには時間と労力がかかるという面はありますが、それよりも、それを作成するためのデータを円滑に収集する体制がないということの方が大きな原因になっていると、私は考えています。銀行預金の残高は、中村さんのように、インターネットで収集できますが、販売代金の入金予定などは、それなりの仕組みがなければ(といっても、それほど難しいものは必要はないと思いますが)、把握することはなかなか円滑には行きません。
とはいえ、このような仕組みは、会社の倒産リスクを減らすための活動には欠かせないことなので、会社を立ち上げる時点で、その仕組みを整えておかなければならないものです。ですから、こういったリスクを減らすため準備を怠って、もし、事業が停止してしまうことになったとすれば、中村さんのご指摘しておられるように、「それをさぼり、放置して責任逃れすれば、会社は潰れてしまう、というか、経営者が潰して逃げる」ということになってしまうでしょう。
2024/12/13 No.2921