[要旨]
サイゼリヤの元社長の、堀埜一成さんによれば、例えば、コスト削減という指示を店に出すと、単に、補修費など、自分の裁量で減らせるところを削るだけになってしまうなど、適切な判断ができなくなってしまうので、それを防ぐために、どういった費用が必要なのか、店舗のコスト改善をどうやって管理するかということを理解し、適切な判断をしてもらうためには、事業現場の方たちに管理会計を学んでもらったそうです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、サイゼリヤの元社長の堀埜一成さんのご著書、「サイゼリヤ元社長が教える年間客数2億人の経営術」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、堀埜さんによれば、例えば、そば粉よりも小麦粉の配分が多いような立ち食いそばチェーンの方が、そば粉10割の手打ちそばの個人店より、はるかに世の中に受け入れられていますが、それは、そば粉だから、手打ちだから、おいしいから選ばれているのではなく、いつでもどこでも同じ味を安く味わえる安心感の方が、多くの人にとってお店選びの基準になっているからだということについて説明しました。
これに続いて、堀埜さんは、管理会計を習得することが大切ということについて述べておられます。「管理会計では、知りたいことによって数字をつくる必要があり、それを自由に使いこなせる人をいかに増やすかが重要です。コスト削減というお題目だけが店に下りてくると、自分の裁量で減らせるところ、例えば補修費をケチるようになる。それで店がボロボロになってしまうのです。しかし、それでは『当たり前品質』を維持できません。だから、そこは削ってはいけない。そんな具合で、当初は何が必要で、店舗のコスト改善をどうやって管理するかということも、まったくわかっていなかったわけです。
それをわかるようにしよう、ということで、商品別利益の計算のしかたなどを学んでもらいました。数字の勉強というと、すぐに経理の話になりがちですが、外向けの財務会計、制度会計をいくら学んでも、本当に欲しい数字は手に入りません。大事なのは、その数字を自分でつくれるか。人からもらった数字を使ってたら、いつまで経ってもわからへんで、ということをよく言っていました。とくに難しいのが、在庫の評価です。在庫品の単価は、いろいろな方法が法律で認められているようです。全体の平均値であったり、最終価格を使用するなどです。数量もびっくりするようなことが起きます。
特に、農作物を多く扱っていたため、数量が正確に把握できないのです。例えば、雨が降ったときに収穫したレタスは、水を多く含んで重くなります。それを冷蔵庫に保管しておくと感想が始まり、軽くなっていくのです。また、契約農家との関係が良好であると、ありがたいことに、軽量した数量より多くの野菜が入荷されることがあります。農家としてはサービスなのでしょうが、会計の視点では、どの時点の重量を使えばいいかわからなくなるのです。このようなことを踏まえた上で、コストを計算しなければならないのです」
堀埜さんは、例として在庫評価(棚卸資産評価)の複雑さについて述べておられましたが、それは私もその通りだと感じています。そこで、初学舎の方のために、拙著、「図解でわかる棚卸資産の実務いちばん最初に読む本」では、棚卸資産の評価方法等について可能な限り易しく解説しておりますので、もし、ご関心のある方はお読みいただければ幸いです。話を戻すと、堀埜さんは、「外向けの財務会計、制度会計をいくら学んでも、本当に欲しい数字は手に入りません」と述べておられます。私も堀埜さんがご指摘しておられる通り、会計には限界があると考えています。
しかし、財務会計、制度会計のそもそもの役割は、不特定多数の株主や、銀行など、事業資金を提供する人たちなどに会社の財務に関する情報を伝えることです。したがって、企業会計原則などの統一された慣行に則って作成されます。そうなると、どうしても、会社の個別の状況を反映しにくい面も出てきます。そこで、逆に、会社が独自の方法を定め、それによって財務に関する情報を伝えようとすると、それを見る投資家などはそれを理解することに労力がかかってしまうという短所があります。
すなわち、財務会計、制度会計は、個々の会社の財務情報を完全に正確に伝えることはできないという限界がありますが、それは、逆に、多くの人に容易に自社の財務情報を伝えることが可能になるという長所の裏返しでもあるということです。そこで、財務会計の限界を補うために、管理会計もあわせて多く利用されています。ただ、堀埜さんは、「財務会計、制度会計をいくら学んでも、本当に欲しい数字は手に入らない」と述べておられますが、これは、決して、財務会計を学ぶ必要がないということではないと、私は考えています。
財務会計を学べば大丈夫ということではなく、財務会計を学んだ上で、さらに、管理会計を学ばなければならないという趣旨だと思います。もし、管理会計だけを学ぼうとしても、現実には、財務会計の知識がなければ、現実には管理会計を習得したり、上手に使いこなすことはできません。在庫の評価についても、まず、財務会計での評価方法を理解してから、自社に適した評価方法を選択したり、考え出したりする方が、労力は少なくてすむでしょう。
2024/12/3 No.2911