[要旨]
サイゼリヤの元社長の、堀埜一成さんによれば、サイゼリヤは「当たり前品質」を提供することに徹していたそうです。なぜならば、ひとつの店でしか出せないような際立った特徴を持つ商品は、多くの店舗で安定的に提供することは困難であり、かえってマイナスになってしまうので、味のピークをあえて落として、幅を広げる工夫が必要だからだということです。
[本文]
サイゼリヤの元社長の、堀埜一成(ほりのいっせい)さんのご著書、「サイゼリヤ元社長が教える年間客数2億人の経営術」を拝読しました。同書で、堀埜さんは、サイゼリヤでは「当たり前品質」を提供しているということについて述べておられます。「本来、『あって当たり前』で、『ないと不満』を感じるような『当たり前品質』では、常にベースラインは一定です。そこさえ外さなければ、お客さまの評価は変わらない。当たり前品質を当たり前に提供すること。ただし、その店でも変わりなく、というところがミソで、国内1000店のサイゼリヤが目指しているのは、まさにこれなのです。(中略)
では、当たり前品質とは何でしょうか。アンケート調査をしたことがありますが、例えば、メニューブックがベタベタしているのが不快だ、という声があります。テーブルがガタつく、ソファに穴が空いているというのもそうです。そうしたことをなくそうと考えました。店をきれいにリニューアルするにはお金がかかるけど、手を抜かずにメンテナンスすれば、不快だと思われる可能性は少なくなる。そこを大事にするという方針を立てました。
それ以上のことをやろうとしても、国内1000店、従業員1万人の規模のスタッフを抱えているサイゼリヤでは維持できないからです。(中略)当たり前品質がサイゼリヤの軸だと打ち出したことは、経営的には大きなメッセージでした。サイゼリヤは『奇跡の会社』であると申し上げましたが、一期一会のサプライズを演出することで『奇跡の会社』になったわけではありません。
むしろ、その場限りの『奇跡』を狙わず、どれだけ人が入れ替わっても、いつでもどの店でも同じレベルのサービスを提供できる。そこにこそ、『奇跡の秘密』が隠されていると言っても過言ではないのです。パスタの盛り付けで、イタリアンの個人店でよく見られるように、クルクルッと巻いて出す人がたまにいます。でも、サイゼリヤではそれをよしとされません。その人だけ上手にできても、別の店ではできないからです。
そういう意味での突出した個性というのは、そもそも求められていません。突出したサービスというのは、プラスになるどころか、トータルではマイナスになる。必ず『あの店ではこうやってくれたのに、この店ではやってくれない』という不満につながるからです。多店舗展開しているチェーン店では、『当たり前のことを当たり前にできる』ように、ベースラインをそろえることの方が、はるかに重要です。
味のレベルもそうです。ひとつの店でしか出せないような際立った特徴はかえってマイナスになってしまう。そこで、味のピークをあえて落として、幅を広げる工夫が必要になります。(中略)『どの店でも同じ味を提供できる』という再現性や安全性は、『当たり前品質』そのものです。チェーン店が目指すべきなのは、やはり『当たり前品質』なのだということがおわかりいただけるのではないでしょうか」
堀埜さんが述べておられる「当たり前品質」の逆の考え方は、「魅力的品質」であり、これは、「本来なくても構わないが、あるとうれしい品質要素」を指します。当たり前品質と魅力的品質は、どちらが優れていてどちらが劣っているとか、どちらが望ましくてどちらが問題があるということではなく、それぞれの事業に合わせて採用する考え方です。そして、堀埜さんも述べておられますが、サイゼリヤはチェーン展開しているので、魅力的な商品で勝とうとするのではなく、当たり前の商品を提供して、負けることを避けることが妥当ということです。
なぜならば、1万人の従業員を雇って、1000店のお店で、リーズナブルな価格の料理を提供するためには、魅力的な商品を提供することは困難だからです。すなわち、サイゼリヤは、1000店のお店を運営しており、それを円滑に運営するためには、あまりスキルが高くない従業員に働いてもらっても、顧客から不満を持たれないようにする仕組みをつくることが、堀埜さんを始めとする経営者層の最も重要な役割になっていたということです。
このことは、オーナーシェフが運営する高級レストランの経営者の役割は、魅力的な料理を提供することが最も重要な役割であることと大きく異なります。したがって、レストランチェーンのお店も、オーナーシェフのお店も、どちらも業種としては同じ飲食店ですが、経営者の役割も、提供する商品も、まったく異なるということに注意が必要です。とはいえ、ほとんどの中小企業経営者の方は、このようなことを、わざわざ私から指摘されなくても分かっていると考えると思います。
でも、経営資源が少ない中小企業でありながら、大企業と同じ土俵で勝負しようとする経営者の方は少なくありません。繰り返しになりますが、中小企業は、大企業と同じように、当たり前の商品を提供することで、負けることを避けようとするだけでは、経営資源の大きな大企業との競争に直ちに敗れてしまいます。そこで、中小企業は、競争に勝つための魅力的な商品を提供することで、大企業とは別の土俵で事業を展開しなければ、安定的に発展することはできないでしょう。
2024/12/1 No.2909