[要旨]
ブリヂストン元CEOの荒川詔四さんによれば、米ボーイング社が経営危機に陥った背景には、自社株買いや高額配当など、過度の株主還元を進める反面、飛行機の開発資金を出し渋ったり、従業員を冷遇するなど、長年にわたって『現場軽視』を続けてきたことがあるということです。したがって、経営者は、株主だけを重視することなく、有機的な存在である、従業員や組織もバランスよく重視することが大切ということです。
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今回も、前回に引き続き、ブリヂストン元CEOの荒川詔四さんのご著書、「臆病な経営者こそ『最強』である。」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、荒川さんによれば、例えば、経営者が安全よりも利益を優先した瞬間に、誰も「安全第一」という原理原則を信用しなくなるので、荒川さんは、「いかなる場合でも安全第一。安全確保のためなら、損失額はいくらになっても全く気にしなくていい」と明言していたということについて説明しました。
これに続いて、荒川さんは、行き過ぎた株主中心主義は問題があるということについて述べておられます。「近年、『株主中心主義』の本場であるアメリカですら、その行き過ぎによる弊害が声高に語られるようになっています。そのひとつの象徴として語られることが多いのが、凋落著しい航空宇宙機器開発製造会社・ボーイングです。周知のとおり、同社は、その技術力が高く評価されていた。アメリカの製造業を代表する名門企業でしたが、同社が製造した小型機が相次いで墜落事故を起こし、たいへんな数の犠牲者を生み出しており、危機的な経営状態に陥っているのです。
各種報道によれば、そのような苦境に陥った背景には、自社株買いや高額配当など、過度の株主還元を進める反面、飛行機の開発資金を出し渋ったり、従業員を冷遇するなど、長年にわたって『現場軽視』を続けてきたことがあるようです。私が驚いたのは、コロナ禍で航空機の需要が激減したときに、熟練工を大量に解雇し、コロナが去り、需要が戻ってから、大量に新規採用をしたという報道です。その結果、航空機製造には高度な技術が求められるにもかかわらず、熟練工が激減しているというのです。これが事実だとすれば、製造過程でミスが多発するのも当然の帰結だと思わざるを得ません。
もちろん、計算上は、需要が激減したときには雇用を減らし、需要が戻ったら雇用を増やすのが『正解』かもしれません。しかし、言うまでもありませんが、労働者は『数字=概念』ではなく、肉体と精神を持つ『人間』であり、その『人間』が集まることで成り立つ『組織』も、無機物ではなく生命体にほかなりません。人間が高度な技術を習得するためには長い時間がかかりますし、その技術を次世代に継承するためには、そこに良好な人間関係というインフラがなければならないのです。
にもかかわらず、『数字』を足したり引いたりするような感覚で、『人間』を足したり引いたりしていたとすれば、生命体である『組織』がガタガタになるのも当然のことではないでしょうか。その結果、飛行機の事故が相次ぎ、甚大なる人的被害を出しているとすれば、それは社会的存在である企業として、決して許されることではないでしょう。そして、そのような事態を招いたのは、ボーイングが行き過ぎた『株主中心主義』に陥っていたからだという報道が多数なされているのです」(304ページ)
しばしば、経営資源は、ひと・もの・かねと言われます。そして、株主との利害調整は、かねの論理です。一方で、従業員や組織との利害調整は、ひとの論理です。もちろん、事業活動が奏功するには、製品も重要ですから、製品、すなわち、ものの論理も議論されなければなりません。すなわち、事業活動は、ひと・もの・かねの3つの論理で利害調整が行われなければなりません。それらがうまくバランスがとれたとき、業績が最も高くなると言えます。
ですから、荒川さんがご指摘しておられるように、株主の利害が優先されるような、株主中心主義が行き過ぎることは問題と言えるでしょう。だからといって、従業員中心主義にすればよいかというと、私は、その行き過ぎも問題だと思っています。例えば、経営コンサルタントの冨山和彦さんは、「結果を出すリーダーはみな非情である」で、日本航空の事業再生に携わったときのことについて、次のように述べておられます。
「雇用は企業の重要な存在意義のひとつである。しかし、今そこにある雇用を守ることを戦略上の第一の目的関数にした瞬間、経営は合理性を失い、競争に敗れ、最後は雇用を最も大きなかたちで失うことになる。長い目で見て雇用を最大化したいなら、まずは経済性、市場、競争に関わる冷静な事実に基づき、合理的に発想するところからスタートしなければならない」
これは、奇しくも、ボーイング社の旅客機に関することなのですが、日本航空の事業を再生させるために、B747の使用を止め、新しい旅客機と入れ替えようとしたときに、同機を担当していた操縦士や整備士から抵抗があったということです。この旅客機の入れ替えは、これまでB747に携わってきた操縦士や整備士を解雇することを意味しているわけですが、雇用の維持を優先すると、事業再生ができなくなることから、冨山さんは入れ替えを決断したようです。
すなわち、ひと・もの・かねの3つの利害調整は、どれから見ても100点ということはないのです。もし、いずれかの利害が行き過ぎてしまうと、会社そのものが存続できなくなり、結果として、全員が損失を被ることになります。荒川さんは、株主中心主義はよくないとご指摘しておられ、それはその通りだと思うのですが、だからといって、製品や従業員を優先すればよいということでもないと、私は考えています。したがって、経営者は、3つの論理がうまくバランスするように利害調整することが重要ということです。
2024/11/30 No.2908