[要旨]
ブリヂストン元CEOの荒川詔四さんによれば、経営者が『原理原則』をないがしろにした瞬間に、組織は弛緩するということです。例えば、経営者が安全よりも利益を優先した瞬間に、誰も「安全第一」という原理原則を信用しなくなるので、荒川さんは、「いかなる場合でも安全第一。安全確保のためなら、損失額はいくらになっても全く気にしなくていい」と改めて明言していたそうです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、ブリヂストン元CEOの荒川詔四さんのご著書、「臆病な経営者こそ『最強』である。」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、荒川さんによれば、会社に不祥事が起きると、株主をはじめとするステークホルダーに多大な迷惑をかけることになりかねないので、それを防ぐための仕組みをつくっておくことは、経営者の社会的責任であるということについて説明しました。
これに続いて、荒川さんは、経営者は原理原則に徹しなければならないということについて述べておられます。「ある工場で設備が故障したことがあります。生産をストップすれば、他の工程にも影響が出るため、場合によっては億単位の損失が発生しかねない。そして、生産をストップさせないためには、標準作業外の危険を伴う人力作業をせざるをえない。そのような報告がもたらされたのです。
もちろん、私は即座に生産ストップを指示。『いかなる場合でも安全第一。安全確保のためなら、損失額はいくらになっても全く気にしなくていい。すぐに生産を止めること。また、安全のために計画を立て、大きな投資も積極的にやっていく』と改めて明言しました。多額の損失を出したり、投資額が膨らむことは、経営的にはネガティブではありますが、『原理原則』を踏みにじることで、組織に与えるネガティブな影響の方がよほど怖い。
だから、なんの迷いもなく、当然のこととしてこの指示を出したのです。どんな理由であれ、経営者が『原理原則』をないがしろにした瞬間に、組織は弛緩します。経営者が、『安全』よりも『利益』を優先した瞬間に、誰も『安全第一』という原理原則を信用しなくなるのです。しかも、これが『蟻の一穴』になります。社員たちが、『なんだ、社長は口だけなのか』と心の中で軽侮することによって、『じゃ、俺だってこのくらいは許されるだろう』などと、あらゆる『業務上の遵守義務』がおろそかにされ始めるのです。
そして、一度、『易き』に流れた組織はとどまることを知りません。『あいつが許されたんだから、俺も大丈夫だろう』、『あの部署でもやってるんだから、自分たちだっていいだろう』と規律は緩む一方。あっという間に、いつ不祥事が噴出するかわからない危うい組織へと転がり落ちていくのです。だから、私は自分に何度もこう言い聞かせていました。経営者は『原理原則』から絶対に逃げてはならない、と」(234ページ)
荒川さんがご指摘しておられるように、「経営者は『原理原則』から絶対に逃げてはならない」ということは、極めて当然のことであり、これについて何ら付け加えるとはありません。その一方で、これを社内に徹底させることは、極めて難しいようです。例えば、経済評論家の浅香豊さんが講談社に寄稿した記事によれば、「今月3日、トヨタ、ホンダ、マツダなど自動車メーカー5社で、量産に必要な型式指定申請で不正があったことが判明し、そのうち現在3社が生産中の6車種について出荷停止」となりました。
さらに、すべてがこの不正による影響であるかどうかは不明であるものの、トヨタでは、「(2025年3月期)中間連結会計期間(2024年4月~9月)における日本、海外を合わせた自動車の連結販売台数は、455万6千台と、前中間連結会計期間に比べて18万8千台(4・0%)の減少」、「日本での販売台数については、93万9千台と、前中間連結会計期間に比べて13万3千台(12.4%)減少」と、販売台数に影響があったようです。
もちろん、これらの自動車メーカーは、現場には法令遵守を厳しく伝えていたと思います。また、それと同時に、コスト削減や、納期短縮も伝えていたのでしょう。ここからは、私の想像ですが、事業の現場では、コンプライアンスとコストの板挟みになり、結果としてコストを優先することになり、不正が起きてしまったのだと思います。すなわち、経営者としては、原理原則の徹底を伝えているつもりでも、別の機会に利益を求めることを伝えると、現場が板挟みになってしまうので、経営者は両者に矛盾がないように伝えなければならないということです。
これについても、恐らく、経営者は、利益よりも原理原則が大事だと伝えていたと考えているのかもしれません。しかし、事業の現場では、口頭ではどのように伝えたとしても、経営者は利益を優先していると考えているようだ、原理原則を破るよりも、利益を得られなかった方のペナルティの方が大きいと受け止めたのだと思います。そうでなければ、故意ではない限り、事業の現場で不正を起こすとは考えにくいでしょう。話をまとめると、経営者は、事業の現場が誤って理解しないように、正確に原理原則の重要性を伝えなければならないということです。
2024/11/29 No.2907