鄙のビジネス書作家のブログ

鄙で暮らす経営コンサルタント(中小企業診断士)・ビジネス書作家六角明雄の感じたことを書いているブログ

悪い報告でなければ報告とは認めない

[要旨]

ブリヂストン元CEOの荒川詔四さんは、同社のCEOの時、部下からよい報告を受けた時、「そんなはずはない、順調にトラブルは起きるもんだ、そんな報告は信じない、第一、よい報告は必要ない、悪い報告でなければ報告とは認めない」と返事することを徹底していたそうです。これは、ネガティブな情報がトップに報告されなければ、それが大きな不祥事につながってしまうからであり、それを防ぐためには、部下に報告を求めることは誤りであり、経営者でなければ、ネガティブな情報が報告される体制をつくることができないと考えていたからだそうです。


[本文]

今回も、前回に引き続き、ブリヂストン元CEOの荒川詔四さんのご著書、「臆病な経営者こそ『最強』である。」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、荒川さんによれば、経営の当事者でないコンサルタントは、本質をついた戦略提案ができますが、その戦略には現実が反映されていないため、それをそのまま実行すると改革は失敗してしまうので、経営者には、社内のさまざまな利害を調整し、具体的な成果を上げるところまでもっていく経営力が問われるということについて説明しました。

これに続いて、荒川さんは、現場が安心してトラブルの報告ができるようにすることが重要ということについて述べておられます。「私が、第一に意識したのは、現場で発生したトラブルなどのネガティブ情報が、躊躇なく経営に伝わる企業文化を築き上げることです。現場がトラブルを隠そうとすることによって、水面下でトラブルはどんどん大きくなり、現場で抑えきれなくなったときに、問題は噴出。組織に大きな打撃を与える不祥事となるからです。そのような事態を予防するためには、現場が安心してトラブル報告ができるようにすることが何よりも重要です。

ただし、それは現場に求めることではありません。経営側が、トラブル報告をした現場を責め立てるような『愚行』をやめることが、すべての出発点なのです。当たり前ですよね?経営に一方的に責め立てられることがわかっているのに、積極的にトラブル報告をするはずがありません。あるいは、現場で抱えられなくなって、問題が噴出したときにも、現場は少しでも責任を免れようと、“釈明報告”に膨大な労力を費やし、肝心なトラブル対応に着手するのが後回しになりかねません。

そのようなことを避けるためには、経営がトラブル報告がされたことをポジティブに捉え、現場とともに問題解決に向けて全力をあげることが重要です。もちろん、問題が解決した後で、責任の所在を明確にする必要はありますが、それも、誰かを責め立てるのが目的ではなく、あくまでも正しい再発防止策を講じることを目的にすべきです。だから、私はCEOに着任して早々に、『トラブルは順調に起きる、仕事をしていれば必ずトラブルが起きる、いや、トラブルが起きているからこそ、仕事は順調だと考える』と宣言しました。

ビジネスというものは、どんなに完璧を期したとしても、こちらの見込み通りには進まないものです。仕事をしていれば、必ず、トラブルは起きます。ましてや新しいことを始めるときには、すんなりとうまくいくことの方が例外なのです。そして、部下から『よい報告』を受けた時には、『そんなはずはない、順調にトラブルは起きるもんだ、そんな報告は信じないよ、第一、よい報告は必要ない、悪い報告でなければ報告とは認めない』と返事することを徹底しました。これに最初はみんな驚いていましたが、CEOである私がそう言い張るものだから、部下たちは仕方なく、特段のトラブルがなかったとしても、ちょっと気になることを教えてくれるようになりました。

それに対して、『そうか、それでどう対応しようとしているの?』と冷静にコミュニケーションを計って、解決策を共有すれば、部下たちも『これなら、トラブル報告をしても大丈夫、むしろその方が得だな』と思ってくれるようになります。そして、だんだん『社長によい報告は不要、もっぱらトラブルを報告すればいい、そうすれば一緒に解決策を考えてくれる』という口コミが社内で広がっていったのです。この時、初めて、不祥事が起きにくい企業文化が芽生えるのだと思います」(226ページ)

悪い情報ほどありがたいということは、ほとんどの経営者の方がそう考えていると思います。しかし、現実には、悪い情報はトップになかなか報告されず、そのことがさらに状況を悪化させてしまうということについては、私もこれまで何度も記事に取り上げてきました。それくらい、悪い情報をトップに報告させるようにするということは、現実には難しいことなのだと思います。

でも、これを逆に見れば、悪い情報をトップに報告できるような企業風土をつくることができれば、その会社の競争力は高くなると考えることができるのだと思います。では、具体的にはどうすればよいのかというと、荒川さんが述べておられるように、「安心してトラブルの報告をしてもらうことを、現場に求めてはいけない」ということだと思います。これについても当たり前と思われつつも、実際には、実践できていないことが多いと私は考えています。

というのは、未だに不祥事を起こした大企業の経営トップが、記者会見の場などで、「現場の情報が届かなかった」と釈明することがあります。このとき、このようば経営者は、表向きには不祥事の最終的な責任は自分にあると口にしていることがありますが、本当にそうであれば、「現場の情報が届かなかった」などとは言わないはずです。本当に自分に責任があると考えているのであれば、「現場の情報が自分に届けられる体制を作ることができなかった」と言うはずです。

では、そのような経営者が、なぜ、現場の情報が自分に届かなかった原因は自分ではなく部下にあると考えてしまうのかというと、それはその経営者が慢心しているからだと私は考えています。荒川さんは、「部下から『よい報告』を受けた時、『そんな報告は信じない』と返事していた」そうですが、経営者の方は、部下は必ず自分を忖度していると考え、荒川さんのように部下に接しなければならないでしょう。とはいえ、私自身もそうですが、人はどうしても慢心してしまいます。したがって、これは理屈ではなく、人の上に立つ人ほど、強く自分を律することが求められるということに尽きるのだと思います。

2024/11/27 No.2905