[要旨]
ブリヂストン元CEOの荒川詔四さんは、リーマンショックの前から、国際競争力が低い同社の工場を閉鎖しなければならないと考えていたそうですが、リーマンショックが起きたとき、現場から工場閉鎖の前倒しの提案が寄せられ、円滑にそれを実行できたそうです。これは、同社の中期経営計画の策定には、多くのコミュニケーション・コストをかけて事業現場にも関与させていたため、現場レベルで全社の事業活動を俯瞰できるようにしていたからだそうです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、ブリヂストン元CEOの荒川詔四さんのご著書、「臆病な経営者こそ『最強』である。」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、荒川さんがCEOの時、本社中枢が決めた計画を現場に割り振る仕組みと、現場が立てた目標を積み上げる仕組みをハイブリッドさせる方法で中期経営計画を策定していたそうですが、こうすることで、グループ全体で整合性のとれた連結計画を幹部全員で共有することができ、これを毎年修正を重ねていくことによって、あるべき姿に近づけることができるようになったということについて説明しました。
これに続いて、荒川さんは、中期経営計画を作成し、幹部たちと共有することができていたために、リーマンショックを乗り切ることができたということについて述べておられます。「国際競争力が低い工場を閉鎖することができず、稼働し続けなければならなかったのは、足元の需要に応えなければならないからです。ところが、リーマンショックで需要が大きく損なわれたわけですから、いまこそ、工場を閉鎖する絶好のチャンスなのです。むしろ、このタイミングで閉鎖しなけれは、大きなリスクを抱えることになります。
なぜなら、リーマンショックから世界経済が立ち直って、タイヤの需要が元に戻れば、国際競争力が低い工場を閉鎖することができなくなり、再び稼働させなければならなくなるからです。だから、私には、リーマンショックが終わらないうちに工場閉鎖と新増設をやらなければという、一種の焦りがありました。しかし、私の要請を待たずとも、現場のCEOから続々と計画前倒しの提案が寄せられたのです。ここに『機能する計画』の神髄があります。もしも、私たちが『中期経営計画』を策定していなければどうなったでしょうか?
いくら私がグローバル経営のトップだといっても、各子会社の業績に大きな影響を与える工場閉鎖を強引に推し進めるには無理があります。その結果、全社を巻き込んだゼロベースの議論をしなければなりませんから、リーマンショックが起きた絶好のタイミングに即断することは不可能。つまり、ものごとを動かすのに膨大な手間と時間がかかってしまうということであり、即断即決が求められる局面で身動きが取れないという最悪の事態を招いてしまうのです。
しかし、私たちは、すでに侃侃諤諤の議論の末に、『中期経営計画』において工場の閉鎖について共通認識を持っていました。しかも、実施にかかる予算等もかなり固めていましたから、『計画を前倒しにする』ということさえ社内で確認できれば、即座に実行に移すことができるわけです。このように、『計画』とは、一度決めたらそれを厳守するのが目的ではなく、むしろ、変化に即応するためにこそあるのです。
ただし、そのためには、『計画』を策定するプロセスで、経営と現場がしっかりとコミュニケーション・コストをかけて、『腹』を合わせておくことが絶対条件です。そして、この条件を満たした『計画』をつくることができれば、組織が硬直化することなどありえず、むしろ、市場の変化に応じて、臨機応変に組織の形を変えることができるようになるのです。だから、私はこう確信しています。『優れた計画』は組織を自由にする、と」(185ページ)
リーマンショックが、ブリヂストンの国際競争力が低い工場を閉鎖するきっかけになったという点については、同社の個別の事情なので、この事例のように、事業計画によってピンチをチャンスに変えることができたということは、必ずしも他社に当てはめることができるとは限りません。
しかし、「経営と現場がしっかりとコミュニケーション・コストをかけて、『腹』を合わせておくことが絶対条件であり、この条件を満たした『計画』をつくることができれば、組織が硬直化せず、市場の変化に応じて、臨機応変に組織の形を変えることができるようになる」ということは、他社にも当てはめることができると思います。すなわち、中期経営計画を、コミュニケーション・コストをかけず、短期間でトップダウンで策定していれば、その計画は会社の各部門にとって受動的なものであり、硬直的なものになります。
しかし、中期経営計画を、経営者層と事業現場の双方が参画するというコミュニケーション・コストをかける方法によって策定していれば、その計画は会社の各部門にもオーナーシップがあるため、柔軟に関わることができるようになります。このことを言いかえれば、時間を惜しんでトップダウンで決めた中期経営計画は「絵に描いた餅」になりかねませんが、時間をかけて経営者層と事業現場で策定した中期経営計画は、事業現場にも事業活動全体を俯瞰して考える機会となり、当事者意識をもって事業活動に臨むことができるようにしているということです。
もちろん、一朝一夕で、事業現場の従業員の方たちが、事業を俯瞰できるようになることにはならないでしょう。でも、こういった働きかけを行わなければ、従業員の方たちはいつまで経っても受動的に事業活動をすることになり、競争力も低いままとなってしまいます。したがって、前回もご説明したように、中期経営計画の策定プロセスは、中期経営計画というアウトプットを得るためのものととらえず、従業員の方たちの育成と、それを通した事業の競争力を高める手法であると考えることが鍵になると、私は考えています。
2024/11/24 No.2902