[要旨]
ブリヂストン元CEOの荒川詔四さんによれば、経営者に対しては、幹部たちは忖度しているようには見えないように忖度したり、経営者本人も気づいていない心理的な癖を見抜いて、巧妙に経営者の歓心を買おうとしたりするので、それは経営者にとっては、ある意味“騙し絵”を見せられているようなものであることから、経営者は部下からは正しい情報を得ることができないという前提で経営判断をしなければならないということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、ブリヂストン元CEOの荒川詔四さんのご著書、「臆病な経営者こそ『最強』である。」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、荒川さんによれば、社内の企画書が経営者に届くまでに、多くの部署で調整を重ねてしまうので、経営者が見る企画書は“妥協の産物”であると認識し、それが本来の戦闘力の高い状態のものとするために、経営者自身が尖ったものにするよう働きかけなければならないということについて説明しました。
これに続いて、荒川さんは、経営者が尖った人材を活用できるようにするには権限が必要だけれども、その権限によって経営者が錯覚して万能感を感じるようになることは避けなければならないということについて述べておられます。「ここで私が問題にしたいのは(中略)、特段、『権力』を行使しようとしていないときであっても、従業員(特に幹部たち)の目には経営者の背後に『権力』という武器が見えているということです。そして、その『権力』に危害を加えられないように、経営者の一挙手一投足から、その真意を読み取ろうとし、それに応えようとしてしまうのです。
場合によっては、それがエスカレートして、『何が正しいか?』よりも、『どうすれば権力者が喜ぶか?』ということを基準にして行動していることもあるでしょう。要するに『忖度』です。その結果、経営者にとって『心地よい情報』だけが知らされて、本当のことが知らされない状況が生み出されてしまうのです。さらに、幹部がそのようなスタンスになることで、現場の従業員からの情報・意見などが軽視されたり、抑圧されたりすることにもなりかねません。
このように、単に『権力』を持つというただそれだけのことで、下手をするとき『極めて危険な状況』が。いとも簡単に出来上がってしまうのです。実に恐ろしいことだと思います。これは、経営者にとっては、ある意味、“騙し絵”のようなものです。なぜなら、これは経営者本人の意図とはかかわりなく、『権力』に対する周囲の自然な反応がもたらす『歪み』だからです。しかも、幹部たちも、あからさまに『忖度』しているようには見えないように細心の注意を払いますし、経営者本人も気づいていない心理的な癖を見抜いて、巧妙に経営者の歓心を買おうとする人物もいるでしょう。
こうした心理劇・心理戦は、極めて巧妙に行われるのが常ですから、よほど用心深い経営者であっても、自分を取り巻く状況を正確に見極めることには困難が伴います。むしろ、『権力』という存在が自然につくり出す“騙し絵”を信じてしまうのが普通ではないかと思うのです。そして、一旦、この“騙し絵”を信じると、その状況はどんどんエスカレートしていくことになるでしょう。なぜなら、『忖度』されるのは心地いいからです。
自分が『正しい』と思ったことに、労せずして周囲が賛同してくれるわけですから、心地いいに決まっています。しかし、この『心地よさ』が危ない。自分が経営者として有能だから、何を言っても賛同されるのだという錯覚が生じるからです。この錯覚によって妙な『自信(万能感)』が生まれるがために、『自分の考え』を十分な検証もしないまま押し付けるようになり、幹部の多くがそれを唯々諾々と受け入れるような状況に徐々に陥ってしまうのです」(141ページ)
会社の経営者など、権力を持った人は、部下たちなどから忖度されているにもかかわらず、自分の能力を錯覚して裸の王様の状態になってしまい、その結果、誤った経営判断を行い、会社の業績を下げてしまうという悲劇はしばしば起きています。このことは、ほとんどの人が気をつけなければならないということは理解できるにもかかわらず、「裸の王様」がなかなかいなくならないことを、私は不思議に感じていました。
これに関し、荒川さんは、「幹部たちも、あからさまに『忖度』しているようには見えないように細心の注意を払いますし、経営者本人も気づいていない心理的な癖を見抜いて、巧妙に経営者の歓心を買おうとする人物もいる」結果、それは、「経営者にとっては、ある意味、“騙し絵”のようなもの」とご指摘しておられます。
これを端的に述べれば、経営者は権力を持っているが故に、悪意のない部下から騙し絵を見せられることになるということです。確かに悪意のない部下から騙し絵を見せられれば、勘違いしない方が難しいと、私も感じてきました。これは少し悲しいことですが、経営者は部下からは正しいことを伝えてもらえないことが当たり前と考えるしかないようです。そして、そのように考えた上でなければ、経営者は正しい経営判断を行うことができず、業績を下げてしまうことになりかねないということです。
2024/11/20 No.2898