[要旨]
ブリヂストン元CEOの荒川詔四さんは、同社のタイ現地法人のCEOだったとき、他部署では疎んじられている人が部下として転任してきましたが、第二工場の建設を任せたところ、彼はもともと工場建設に関する知識が豊富だったこともあり、荒川さんの期待に応じて懸命に取り組んでくれた結果、先進的な工場を建設できたそうです。このように、仕事を任せることで部下のモチベーションを高めることが可能になります。
[本文]
今回も、前回に引き続き、ブリヂストン元CEOの荒川詔四さんのご著書、「臆病な経営者こそ『最強』である。」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、荒川さんによれば、成果主義は従業員のモチベーションを高めるためのひとつの手法にはなるものの、従業員の方の多くは同僚に勝つことにあまり執着しておらず、効果に限界がある上に、従業員の方の中には、経営者から「ニンジンを追いかけるロバ」と同じ扱いを受けたと感じ、かえって士気を下げてしまうことにもなりかねないことから、経営者の方は、従業員の方が「もっと仕事に頑張ろう」と感じられるような、従業員の方の内面への働きかけが大切だということについて説明しました。
これに続いて、荒川さんは、モチベーションを高めるための従業員の方への内面への働きかけについて、荒川さんご自身のご経験について述べておられます。「(荒川さんが)タイ・ブリジストンのCEO(本社の職位としては部長級)だったときに、本社の反対を押し切る形で、第二工場の建設を進めた時のお話しをしましょう。あの時、本社から、工場建設の経験が豊富な複数の人物が送り込まれてきたのですが、中には性格がキツいといった理由で本社では干されていたような人もいました。
その人は、ついにタイに放り出されたと感じたのか、当初は不貞腐(ふてくさ)れたような態度すらみせていました。しかし、ブクが、『世界のモデルとなるような工場をつくりたいんだ』、『機能的かつデザイン性にも富んだ、みんなの誇りになるようなすごい工場をつくろうじゃないか』、『自動車メーカーなどの取引先が、びっくりするくらいの工場にしたいね』、『そんな立派な工場が作れたら、きっとビジネスも大きくなるよ』などと語りかけると、彼の表情は明らかに変わりました。(中略)しかも、彼の話にじっくりと耳を傾けると、工場建設に関する知識と経験が半端ではなく深いことがよくわかりました。
彼なりのこだわりが強く、そのこだわりを強く主張するが故に、敵を増やしてしまったようでしたが、そのこだわりの裏には、極めて説得力のある『深い理由』があることもよくわかりました。そこで、私は、彼の力を信じて、建屋の建設については基本的にすべてを任せることにしました。(中略)最初は、彼も疑心暗鬼でした。(中略)それまでの部署で、彼は『小さな仕事』しか任せられないうえに、マイクロマネジメントの対象になっており、彼がやろうとすることにはいちいち横槍が入って潰されてきたからだと思います。
しかし、その後、私が本当に彼の判断を尊重し、彼の仕事のサポートをする姿勢に徹することで、彼はどんどん変わっていきました。不貞腐れたような態度は消え去り、イキイキとし始めたのです。(中略)後で聞いたら、あまりにも重責を任されていたので、『絶対に失敗できない』というプレッシャーがすごかったようですが、『今思えば、それが楽しかったですね』とニッコリ笑っていました」(93ページ)
荒川さんのご紹介した事例は、荒川さんが期待をかけた分だけ、部下の方は、それに応えようとしてくれたという好事例だと思います。このように、重要な仕事を任せることを「職務充実」と言い、米国の心理学者のハーズバーグが提唱した考え方です。ちなみに、職務充実の対になる考え方は「職務拡大」といい、担当する仕事の範囲を広げたり種類を増やしたりすることです。どちらも、従業員の方の士気を高める方法です。そして、これらは、同じくハーズバーグが提唱した考え方である、動機づけ-衛生理論の動機づけ要因であり、働くことの満足度を高めるための働きかけです。
と、ここまでは理論的なことを書きましたが、このような論理を出すまでもなく、人は期待されたら自分が評価されたと感じ、もっと評価されようとしてさらに積極的に仕事に臨むようになるということは、直感的に理解できると思います。ただ、部下により大きな仕事を任せるということは、それを任せた上司の責任も増すことになるので、なかなか実践されないことも珍しくないのでしょう。
また、荒川さんのご経験から、もうひとつ学ぶことのできることは、実は、あまり評価されていなかった部下は、高い専門性を持っていたために、他の部署では疎んじられていたということです。これは、裏を返せば、その人の専門性を発揮できる場所に配置すれば、普段は従順な部下に任せるよりも、大きな成果を得ることができるようになるということです。
これについて、私は、漁師の方が獲った新鮮な魚を、直接、消費者に販売するという6次産業化で成功した、萩大島船団丸の代表の坪内知佳さんの事例を思い出します。坪内さんは、彼女の著書、「荒くれ漁師をたばねる力-ド素人だった24歳の専業主婦が業界に革命を起こした話」の中で、次のように述べておられます。「人はみな、色や形やサイズ、立ち位置が違う歯車だ。
私は私で頑張るけれど、私という歯車の色やサイズは変えられない。一人で頑張っていても、何も動かせない。でも、そんなとき、サイズが違うほかの歯車が来てくれたら、カチッとかみ合って、何かが回り出していく。そして自分が回れば、隣の歯車も回り出して、その横の歯車も回り出す。たとえ小さな歯車でも、その一つが動けば、次々に歯車が回り出して、それが世界を変える大きな動きになっていく」
坪内さんはこういった考え方で漁師の方たちと接したことで、ちょっと変わった考え方を持った彼らをうまくまとめることができるようになったのだと思います。私もそうですが、人は、自分と違う考え方を持っている人を否定的に評価してしまいがちですが、それは必ずしも正しくありません。自分と違う考え方を持っている人は、自分が苦手な分野を得意とする可能性があります。
したがって、「歯車」をうまく組み合わせれば、価値観の違う人ともうまく仕事ができる、むしろ、そういう人と仕事をすることで、より大きな成果を出すことができるようになります。これが、組織的活動の意義の一つだと思います。そして、経営者は、職務充実、職務拡大、「歯車」の組み合わせという働きかけを、どれだけうまく実践できるのかということが、経営者に求められているのだと思います。
2024/11/17 No.2895