[要旨]
ブリヂストン元CEOの荒川詔四さんは、いわゆる成果主義は従業員のモチベーションを高めるためのひとつの手法にはなるものの、従業員の方の多くは同僚に勝つことにあまり執着しておらず、効果に限界がある上に、従業員の方の中には、経営者から「ニンジンを追いかけるロバ」と同じ扱いを受けたと感じ、かえって士気を下げてしまうことにもなりかねないことから、経営者の方は、従業員の方が「もっと仕事に頑張ろう」と感じられるような、従業員の方の内面への働きかけが大切だということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、ブリヂストン元CEOの荒川詔四さんのご著書、「臆病な経営者こそ『最強』である。」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、荒川さんによれば、かつての名門企業だったのコダックは、デジタルカメラが主流になり、フィルムの需要がなくなったことで倒産に至りましたが、それまでは、事業で得られた利益を新規事業に振り向けず、配当に回すことで株主から評価されていたわけですが、それがかえって事業を行き詰らせる要因になったということについて説明しました。
これに続いて、荒川さんは、インセンティブ・システムは好ましくないということについて述べておられます。「従業員のパフォーマンスを決定づけるのは、仕事に対するモチベーションにほかなりません。高いパフォーマンスを上げるには能力も必要ですが、どんなに能力があっても、モチベーションが低ければ、たいした成果を上げることはできません。(中略)ところが、ここにはパラドックスがあります。というのは、モチベーションの源泉は、一人ひとりの従業員の内側にしかないからです。
従業員のモチベーションを刺激するために、経営側が適切に働きかけることは大切なことですが、最終的には、本人が『その気』にならなければどうにもならない。結局のところ、モチベーションを高めるか否かは、どこまで行っても本人次第だと思うのです。だから私は、『経営側が“これ”をすれば、従業員のモチベーションは上がる』などという“決定打”はないと考えています。そんなことができると考えること自体、経営者の思い上がりのように思えてならないのです。
特に、私が違和感を持っているのが、今世紀に入った頃から広がった、人材管理への『競争原理』や『インセンティブ・システム』の導入です。もちろん、『仕事の結果』に応じて処遇にメリハリをつけることで、従業員のモチベーションを刺激する効果があることを否定するつもりはありません。他者との競争・比較にさらされれば、『頑張らなければ』という気持ちになるでしょうし、『結果が出たら、たくさんお金がもらえる』という期待を原動力に頑張る人もいるでしょう。
しかし、その効果がどれほどのものか、私には疑問なのです。中には、競争心が旺盛で、『同僚に勝つ』ために頑張り続ける人もいるかもしれませんが、かなり少数派ではないかと思います。ほとんどの人はそこまで『勝つ』ことに執着していないし、ことさらに『競争』を煽られることに辟易する人の方が多いのではないでしょうか。実際、私はさまざまな国で、周りの仲間との『競争』に勝つことで、仲間より『よい処遇』を受けるなどということは望まない人々と出会ってきました。
あるいは、『インセンティブ・システム』と言うと格好いいですが、要するに『鼻の先にぶらさげたニンジンを追いかけるロバ』と変わらないわけで、その『ニンジン』に飽きてしまったり、諦めてしまったりすれば、効果は激減するはずです。もしかすると、“ロバ扱い”をする経営に対して、不信感を抱いたり、興醒めする従業員も現れるかもしれません。そもそも、『競争原理』や『インセンティブ・システム』は、仕事において本質的なことではありません。
仕事において最も重要なのは、一人ひとりの内面において、『この仕事は面白い!』、『この使途とには値打ちがある!』、『この仕事を成功させたい!』という思いが芽生えることです。人間は誰でも、そのような思いが芽生えれば、たとえ困難な仕事であったとしても、それをなんとしても成し遂げようと、高いモチベーションで仕事に取り組むようになるのです。これこそがモチベーションの本質なのであって、『競争に勝つために頑張る』とか、『インセンティブをもらうために頑張る』などというのは、この観点から見れば、『ノイズ(雑音)』のようなものだとさえ言えるのです』(87ページ)
私も、成果主義は100%問題があるとは考えていません。従業員の方の頑張りに報いる仕組みは大切だと思います。しかし、成果主義だけ、または、成果主義を中心に業績を高めようとすることは問題があると思います。なぜなら、事業活動は組織的な活動だからです。一方、成果主義は歩合制の性格があり、これを強く打ち出してしまうと従業員は個人的な活動を強めてしまうので、組織的な活動はできなくなってしまいます。そもそも、会社は組織的な活動であるところに意味があるのですが、マネジメントスキルが低い人が経営者になると、自社に組織的な活動を浸透させることができず、業績を高めることができないので、「成果主義」の大義名分で歩合制を強めてしまうのだと思います。
さらに、荒川さんもご指摘しておられるように、成果主義の強い会社では、従業員の方が「“ロバ扱い”をする経営に対して、不信感を抱いたり、興醒めする」ことになるという悪影響もあります。従業員の方がこのように感じるのは、動機づけ-衛生要因理論によるものだと思います。すなわち、成果に応じて報酬を増やすという「衛生要因」は、不満を無くすことにつながりますが、一方で、それだけはモチベーションを高めることにはつながらないということです。
そこで、モチベーションを高めるためには、従業員に興味のある仕事をさせる、あえて困難で責任の大きい仕事をさせる、高いポジションに就けるなどといった、「動機づけ要因」に基づく働きかけをする必要があります。繰り返しになりますが、私は、成果主義をすべて否定はしませんが、業績を高めるための手法としてそれを中心に据えてしまうことは稚拙な手法であり、結果として会社の業績は高くなることはないと考えています。
2024/11/16 No.2894