[要旨]
ブリヂストン元CEOの荒川詔四さんによれば、かつての名門企業だったのコダックは、デジタルカメラが主流になり、フィルムの需要がなくなったことで倒産に至りましたが、それまでは、配当の多い会社として投資家から高く評価されていました。すなわち、事業で得られた利益を新規事業に振り向けず、配当に回すことで株主から評価されていたわけですが、かえって、それが事業を行き詰らせる要因になったということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、ブリヂストン元CEOの荒川詔四さんのご著書、「臆病な経営者こそ『最強』である。」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、荒川さんによれば、経営者の中には、利益を確保するという名目で、機械的にコストカットを行い、一時的に利益を増やす人もいますが、それは、従業員の負担を増やしたり、品質の劣化を招いたりすることになり、早晩、競争力を低下させることになることから、避けなければならないということについて書きました。
これに続いて、荒川さんは、投資効率だけを追及することは望ましくないということについて述べておられます。「株主(投資家)の立場からすれば、既存事業によって得られた利益のうち、なるべく多くを配当に回すべきだと考えるのは当然のことであり、そのために、成功確率の低い新規事業への投資に対して批判的であるのも頷けることです。実際、新規事業への投資を野放図に増やすと、失敗が続いたときに経営を揺るがすことにもなりかねませんから、そうした投資家の声にはしっかりと耳を傾け、緊張感をもって経営の舵取りを行うことは極めて重要なことです。ただし、何事も行き過ぎはよくありません。
新規事業への投資をカットすることで、短期的な投資効率を最大化しようとすると、長期的には致命的なダメージを企業にもたらすことになります。かつての名門企業だった、フィルムメーカー『コダック』がまさにそうです。デジタル・カメラが主流になり、フィルムの需要がなくなったことで、倒産に至ったわけですが、実は、デジタル・カメラが主流になる以前は、投資家から非常に高い評価を得ていた企業でもありました。なぜか?新規事業への投資をほとんどせず、株主への還元に熱心だったからです。つまり、投資家にとっては、コダックは『投資効率の高い会社』だったわけです。
ところが、その経営手法こそが、デジタル・カメラが主流になった瞬間に、最大の弱点となり、倒産という取り返しのつかない結果を招いたのです。つまり、経営判断が『短期的な投資効率』に偏重してしまうと、『経営の長期的な持続性』に極めて深刻な問題をもたらし、結果的に、投資家をはじめとするステークホルダーにも迷惑をかけることになるわけです。そのような最悪の事態を避けるためには、投資家をはじめとするステークホルダーの立場に配慮しながらも、常に新規事業への投資を積極的に続けることこそが、経営者に求められていると私は思うのです」(70ページ)
コダックの倒産は、マーケティングマイオピア(近視眼的経営)による失敗事例としてしばしば取り上げられますが、荒川さんは、短期的な投資効率の偏重による失敗事例として取り上げておられます。そして、マーケティングマイオピアも、短期的投資効率偏重も、現状を維持しようとする方向に作用しているという点で、根の部分は同じだと思います。では、事業活動が現状維持に向いてしまうことを防ぐためにはどうすればよいのかというと、すでに、そのための手法が確立しています。それは、バランススコアカード(BSC)です。
BSCが開発された米国では、1980年代に、多くの会社が短期的な利益を追求する活動に偏る一方で、高品質で低価格の製品を輸出する日本の会社に市場を奪われ、それが深刻な問題となっていました。そこで、米国の会社も、短期的な視点ではなく、長期的な視点も取り入れて経営することができるように、1990年代以降、BSCを採用する会社が増えていきました。ここでポイントとなるのは、単にBSCを採り入れればよいということではなく、現在、得られる利益を、将来の利益を得るために、新しい事業に投資することを、BSCを使って株主たちに説明するということです。
荒川さんもご指摘しておられるように、株主は多くの配当を求めることは当然のことですが、その株主の意向に反して配当を減らし、その分を新しい事業に振り向けるということが、長期的には株主にも利益をもたらすということが、BSCによって明確に説明できるようになります。また、社内においても、長期的に目指す姿を明らかにすることで、それを実現するために、現在、どのような活動をすればよいのかも明らかになるので、現状を維持しようとする行動が排除されていきます。話をまとめると、事業活動は短期的な視点ではなく、長期的な視点で臨むことが大切ですが、そのためにはBSCのようなツールを活用することで、それが一層徹底できるようになります。
2024/11/15 No.2893