[要旨]
ブリヂストン元CEOの荒川詔四さんによれば、経営者の中には、利益を確保するという名目で、機械的にコストカットを行い、一時的に利益を増やす人もいますが、それは、従業員の負担を増やしたり、品質の劣化を招いたりすることになり、早晩、競争力を低下させることになることから、避けなければならないということです。一方で、きちんとした管理のもと、ムダ遣いを減らすことは進めなければなりません。
[本文]
今回も、前回に引き続き、ブリヂストン元CEOの荒川詔四さんのご著書、「臆病な経営者こそ『最強』である。」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、荒川さんによれば、経営指標を改善するために、数字を直接操作しよとすることは避けなければならず、例えば、ROE・ROAなどの経営指標の見栄をよくしようとして、自社株買いや資産売却をすると、結果的に、企業体質を劣化させ、持続的成長を自ら損ねる結果を招くことになるということについて説明しました。
これに続いて、荒川さんは、ローコスト・オペレーションは好ましくないということについて述べておられます。「私は『ローコスト・オペレーション(Low-CostーOperation)』には断固として反対してきました。『ローコスト・オペレーション』とは、読んで字のごとく、コストを削減することによって、利益を確保する経営手法のことを指します。私が徹底した『ムダ遣い(削減)』と何が違うのか?そう思われるかもしれませんが、私のスタンスは、『ローコスト・オペレーション』とは根本的に異なります。最大のポイントは、『目的は何か?』ということにあります。
すでに書いたように、『ローコスト・オペレーション』とは、『利益を確保する』という目的のために、『コスト削減』という手段を使っています。しかし、私が『ムダ遣い』に目を光らせた目的は、引き締まった筋肉体質の事業体にすることであって、それによって『利益を確保』するなどということは一切考えていません。いや、むしろ『コスト削減』によって『利益を確保』しようとすると、かえって会社を危うくすると考えているのです。もちろん、『利益=売上-経費』ですから、『ローコスト・オペレーション』で『経費』を絞るだけ絞ることによって、『売上』が増えなくても『利益』を増やすことはできます。
その一側面だけを捉えて、世間やメディアではしばしば『ローコスト・オペレーション』を実行した経営者を褒めそやすことがありますが、そんなものを信じてはいけません。たとえ一時は『利益』が増えたとしても、『ローコスト・オペレーション』一辺倒では、会社は必ずレームダック(死に体)に陥るからです。かつて、知人の経営者からこんな話を聞かされたことがあります。その知人が取引をしている中堅企業に“やり手”の社長が着任すると、人件費から材料費までバッサバッサとコスト削減を断行して、あっという間に、低迷していた『利益』を劇的に改善させることに成功したというのです。
社内の“抵抗勢力”を剛腕でねじ伏せて、『利益』を劇的に改善させる姿が、一部のメディアで好意的に紹介されたこともあったそうですが、その企業の内情を知る知人は、『危なっかしいけどな……あんな経営はもって数年だと思うんだけど』と首を傾けていました。残念ながら、その予言は的中。原材料のコスト削減により品質が低下したうえに、人件費の削減によって現場が疲弊するなど、サービス力が低下したことで、顧客が激減し、わずか数年で、危機的な経営状態へと陥っていったのです」(58ページ)
本旨からそれますが、荒川さんは、ローコスト・オペレーションを誤って理解していると、私は考えています。ローコスト・オペレーションは、文字からも分かるように、「少ない費用での運営」であり、「人件費から材料費までバッサバッサとコストを削減する」ことではありません。人件費などのコスト削減は、単なるコストカット、または、コストダウンです。このコストカットは、単に指示を出すだけという誰にでもできる手法なので、このようなことをする経営者は、自ら能力の低さを証明するようなものです。一方、ローコスト・オペレーションは、前述の通り、少ない費用での運営であり、私は、飲食店を運営するすかいらーくの配膳ロボットの導入が、その一例だと考えています。
同社は、「2021年8月より、フロアサービスロボットの導入をスタートし、2022年12月27日に、『ガスト』、『しゃぶ葉』、『バーミヤン』をはじめとする、全国約2,100 店舗に3,000台のロボットの導入を完了」したそうです。その結果、ガストでは、(1)ランチピーク回転率が2%改善、(2)片付け完了時間が35%削減、(3)スタッフの歩行数が42%減少という効果があったそうです。これにともなう金額面での効果は公表されていませんが、コストを抑える効果があることは間違いないでしょう。このような少ない費用での運営により、価格競争力を高める方法がローコスト・オペレーションです。
話を戻すと、荒川さんがご指摘しておられるように、「人件費から材料費までバッサバッサとコスト削減を断行」することは賢明ではないと考えています。その理由は、機械的に人員を減少すれば、残された人の仕事量が増加するという犠牲を強いるだけのことであり、それは経営、すなわち、マネジメントとは言えないからです。もちろん、これも荒川さんがご指摘しておられるように、ムダ遣いは削る必要があります。これは、リーン経営といわれる手法であり、ムダを削るための管理を進める必要があります。その一方で、繰り返しになりますが、ムダであるかどうかを見極めることなく、機械的にコストカットを行うことは、短期的には業績が高まるように見えますが、早晩、会社の足腰を弱め、競争に敗れてしまうことになります。
2024/11/14 No.2892