[要旨]
ブリヂストン元CEOの荒川詔四さんによれば、会社を経営するにあたっては、経営者としては目標とする数値を掲げることは重要ではあるものの、目標とする数値と多く選択しすぎると、従業員たちの活動が散漫になり、かえって、事業活動が非効率になってしまいかねないので、注意が必要ということです。
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ブリヂストン元CEOの荒川詔四さんのご著書、「臆病な経営者こそ『最強』である。」を拝読しました。荒川さんは、同書で、経営指標は重要であるものの、重要なものに絞り込んで目標として掲げなければならないと述べておられます。「ご存知の通り、『経営指標』とは、会社の経営状態を数字で表したものです。財務諸表のデータを使って経営状態を可視化し、それを分析することで、自社の不足点、弱点、改善点などを把握することに大きな意味があります。
私もブリヂストンCEOに就任した時に、『名実共に世界ナンバーワン企業になる』という大目標を達成するために、『ROA(Return On Assets、総資本利益率)6%』という定量目標を設定。この『経営指標』をひとつの軸に据えることで、経営改革を着実に進めることができたと実感しています。ただし、この『経営指標』は使い方次第で、薬にも毒にもなります。下手な使い方をすると、経営の持続的成長を阻害する要因になりかねないので、十分に気を付ける必要があると考えています。
第一に指摘したいのは、『あれもこれも』と大量の『経営指標』を日々参照するのはやめた方がいいということです。私自身、かつて、経営危機に陥った海外企業を買収した時に、その会社の事業所の壁のいたるところに、さまざまな『経営指標』が貼り出されているのを見たことがありますが、その瞬間に、『こんなの意味ないよ……』と直感したのをよく覚えています。飛行機のコックピットには、高度、速度、方位など、いくつもの『指標』が掲示されており、パイロットは、それらが刻一刻と変化するのを見ながら操縦をしています。
しかし、組織は生命体ですから、飛行機のような機械とは勝手が違うと思うのです。想像してみてください。スマートグラス(視界に情報が表示されるメガネ)をかけて、常に表示される心拍数、血圧、血中酸素濃度、摂取カロリーなどを見ながら、生活習慣、食生活などを改善しなさいと言われたら、どう思いますか。毎秒更新される細かいデータを見るだけでもたいへんな負担ですし、いちいち『これはいけない、改善しなければ』などと考えていたら、かえって気が病んでしまいそうです。(中略)
もちろん、ちょっと肥満気味になってきた時には、『体重』を毎測るのはもちろん、『摂取カロリー』に気を使って、『ごはんは一杯まで』といった食事制限をする必要があるでしょう。このように、その時その時の課題に応じて、特定の『指標』を意識するのが健全なことではないでしょうか?これは、経営においても同じだと思います。(中略)そのときどきの課題を乗り越え、目標を達成するために、それに応じたシンプルな『経営指標』を全社員で共有することで、組織全体を望ましい方向へと導いていくことに意味があるわけです」(43ページ)
私は、会計を専門分野としていますが、しばしば、目標とする数値を多く掲げすぎてしまい、目標管理がうまくいかないという例をみることがあります。もちろん、このようなことは、荒川さんがご指摘しておられるように、間違った管理手法です。すなわち、業績を高めるという目的と、そのための数値の管理という手段を取り違えている状態と言えます。ときどき、計数管理を批判する経営者の方がいますが、それは、こういった目的と手段を取り違えた状態を批判しているようです。
しかし、事業活動は、最終的には、数値で表される利益を得ることを目的にしているわけですから、数値管理を否定することは事業活動を否定することになってしまいます。すなわち、事業活動におおいては数値管理は切り離すことはできまぜんので、問題となるのは、手段である数値管理を目的化してはならないということです。これについて、荒川さんは、「目標を達成するために、それに応じたシンプルな『経営指標』を全社員で共有すること」と述べておられますが、このシンプルな経営目標を適切に絞り込むことができるかどうかが経営者に問われると、私は考えています。
では、それをどのように行えばよいのかというと、文字数の兼ね合いで詳細を書くことはできませんが、私は、バランススコアカードにもとづくKPIの設定が適切であると考えています。BSCを作成すれば、自社が目標を達成するための道筋が明確になり、それにともなって管理すべき数値であるKPIも導くことができます。私は、事業の改善をしようとする会社に対し、BSCの導入をお薦めしているのは、このようなことも大きな理由のひとつになっています。
2024/11/11 No.2889