[要旨]
ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人元社長の新将命さんによれば、従業員の方は、自分と会社の関係を、対立関係ではなく両立関係にある、すなわち、トレードオフではなくトレードオンの関係にあると考えるべきだということです。例えば、部下として服従はしていても、上司にとって頼りになる存在となれば、上司もその部下を尊重し、聞く耳をもたざるを得ない関係になるからだということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人元社長の新将命さんのご著書、「伝説のプロ経営者が教える30歳からのリーダーの教科書」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、新さんによれば、例えば、かつては、大雨が降って川が氾濫しそうになったときには、堤のどこかを意図的に破壊して、そこから水を抜き、全体の被害を抑えようとしたことがあったそうですが、このように、ビジネスは100点ではなく、70点主義で見切り発車をしなければならないことがあるということについて説明しました。
これに続いて、新さんは、ビジネスにおいては、あちらを立てればこちらが立たないというトレードオフに直面することがあるけれど、両方立てるトレードオンの考え方に立つようにすることが大切だということについて述べておられます。「苦と楽は人生そのものである。苦と楽は、一体になって人生を形成している。矛盾でも対立でもない。苦と楽があって人生なのである。自分を殺し、会社に仕えるという滅私奉公と、自分を活かし、会社に貢献する活私奉公の間には、天と地ほどの差がある。
会社と自分を対立関係ではなく、両立関係で考える。トレードオフではなくトレードオンである。部下として服従はしていても、上司にとって頼りになる存在となれば、上司もその部下を尊重し、聞く耳をもたざるを得ない。こんな話がある。ある侍が主君から切腹を命じられたとき、藩の重役が1人、『あの者はお助けなさるように』と言ってきた。殿さまが理由を訊くと、理由はないと答える。それではダメだと追い返すが、またやって来る。5回目にやってきたとき、殿さまは、『5度まで言う以上、助けるしかないな』と、助命を承服する。
日頃は自分に服従している。頼もしくもあり、一目置かざるを得ない家臣から、理由はないとはいえ、5回も嘆願されれば、主君といえども聞く耳を持たざるを得ない。日頃の服従は、一見、自分を殺しているようだが、実は、自分を殺すことではなく、自分を活かすための行動なのである。『自分を殺す』と『自分を活かす』は深層で通じ合い両立するのだ。いまからでも、二元論的対立のトレードオフから、両立概念のトレードオンに、心の軸足を移すことだ。あえて二兎を追ってみよう。ちょっと間違うと、『二兎を追わない者は一兎も得ずという将来を招きかねない」(246ページ)
新さんは、「自分を殺し、会社に仕えるという滅私奉公と、自分を活かし、会社に貢献する活私奉公の間には、天と地ほどの差がある」と述べておられますが、私は、新さんとは少し異なる考えを持っています。確かに、会社で働いていると、現実的に、滅私奉公のような状態になることは珍しくありません。しかし、私は、それは本来の会社と従業員の関係ではないと思っています。なぜなら、もし、会社は従業員に対して滅私奉公を求めるという関係であれば、一見すると、会社は従業員にたくさん働かせることができて、多くの利点があるように考えられます。
しかし、滅私奉公から得られるメリットは一時的なものです。逆に、滅私奉公は組織的な活動の効率を下げ、長期的には会社の成果は小さくなるでしょう。では、どうして従業員に対して滅私奉公を強いる会社があるかというと、それは、マネジメントスキルの低い経営者や管理職が多いために、強い立場を利用して、立場の弱い従業員に滅私奉公を強いることも多くなっているからと考えられます。
本当の意味で、会社の業績を高めたいのであれば、経営者はマネジメントスキルを高めて、従業員に対して自己実現を図ることができる場を提供するべきです。そして、本来の会社と従業員の関係は、会社が従業員に対して、十分に実力を発揮できるような機会を提供し、それに対して従業員は、自分の実力を100%以上発揮できるように努めるるという関係です。このことによって、両者にメリットが得られることになります。とはいえ、新さんも、このことはご理解されておられると思います。
新さんは、「会社と自分を対立関係ではなく、両立関係で考える」べきであるとも述べておられます。今では少なくなりましたが、かつては、従業員の力が強いために、経営者のマネジメントが制限され、業績が下がってしまうという会社(組織)がありました。民営化される前の日本国有鉄道がそうであったし、1960年代の日産も、役員人事に影響を与えるほど労働組合の力が強く、非効率な経営が続いたようです。
従業員の力が強いことは、一見すると、従業員が働きやすいようになると思われますが、その結果、会社の収益力が悪化すれば、従業員も安心して働くことができなくなります。だからこそ、「会社と自分を対立関係ではなく、両立関係で考える」べきと言えるのです。したがって、業績の高い会社というのは、マネジメントスキルの高い経営者と、エンプロイアビリティの高い従業員が、両立関係にある会社ということになるでしょう。
2024/11/4 No.2882