[要旨]
ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人元社長の新将命さんによれば、ビジネスは70点主義で見切り発車をしなければならないことがあるということです。例えば、かつては、大雨が降って川が氾濫しそうになったときには、堤のどこかを意図的に破壊して、そこから水を抜き、全体の被害を抑えようとしたことがあったそうです。このとき、堤を切られた地域は大洪水となりますが、その堤を切らなければ、他の多くの堤が決壊し、被害は全体に及んでしまうというように、時間との対決が物事を決める場合、満点を期待できないこともあるということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人元社長の新将命さんのご著書、「伝説のプロ経営者が教える30歳からのリーダーの教科書」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、新さんによれば、部長は部長という機能を果たす社員、一般社員は一般社員という立場で機能を果たす人であって、上司と部下の違いは、高度の意思決定を求められるか否かにあるということから、上司は本人がエライから意思決定をするのではないということについて説明しました。
これに続いて、新さんは、ビジネスでは、70点主義で決断をしなければならないこともあるということについて述べておられます。「ビジネスも人生も、70点主義で、覚悟を決めて見切り発車をしなければならないことがある。判断材料が少ないときには、自分自身の経験や人の意見を総合的に判断して決断、実行することだ。この決断という言葉も、その由来からして満点にこだわったものではない。
昔、大雨が降って川が氾濫しそうになったときには、堤のどこかを意図的に破壊して、そこから水を抜き、全体の被害を抑えようとした。しかし、堤を切られた地域は大洪水となる。といって、堤を切らなければ、堤のあちこちが決壊し、被害は全体に及んでしまう。そこで、リーダーは、心を鬼にして、いずれかの地域を犠牲にするのである。満点が望ましいことはいうまでもない。だが、時間との対決が物事を決める場合、満点を期待できないこともある。
そのときは、失点を覚悟で決断するしかない。情報やデータが十分に整ったときに、物事を決めることを『決定』という。不十分だが、あえてエイヤ!と決めることを『決断』という。決断には必然的に、『もしかしたらうまくいかないかもしれない』というリスクが伴う。リーダーとは、『計算されたリスク』(Calculated Risk)を取ることのできる人である」(227ページ)
人は、一般的にリスクに過敏でであり、成功する確率が70%、すなわち、失敗する確率が30%のとき、その30%を30%以上に評価してしまい、正常な判断、すなわち、実行を決断するという妥当な判断を避けてしまいがちです。これは、規模の大きな会社、業歴の長い会社に強く、いわゆる事なかれ主義に陥ってしまうということです。そして、このことは多くの方が理解していながら、なかなか避けることができないようです。でも、それは、理論ではなく感情の問題なので、つまるところ、決断をする人の意思の強さが問われるということなのだと思います。しかし、私は、決断で悩むことは、次のような理由からも、あまり賢明ではないと考えています。
その理由の1つ目は、決断した結果が100点であったか、70点であったか、30点であったか、それとも0点であったかというのは、結果が出てから分かるものだと考えられるからです。例えば、私たちは、しばしば、事業に成功した経営者の方から、成功した理由を聞くことがありますが、その成功した経営者の方も、事業を成功させる前に成功するという確信は持っていなかったでしょう。もちろん、どんな経営者の方も、成功を目指していることは当然ですが、では、自分の決断が100点と分かっていたかというと、そうではないでしょう。
だから、結果が出てから、その理由を考えるとき、自分がどのようなことを決断したかを思い出し、それを成功の理由として話をするのだと思います。例えば、ドン・キホーテは、事業現場への権限委譲によって競争力を高めているということはよく知られています。でも、創業者の安田さんは、権限委譲すれば成功すると思って大幅な権限委譲を実践したのではないようです。多店舗展開しようとしたとき、それには権限委譲するしかないという消極的な選択によって権限委譲を実践したところ、それが想定外に成功につながったと述べておられます。
理由の2つ目は、方向性は正しいけれど、実践の方法によって結果が変わることがあります。例えば、アパホテルは、1984年から宿泊業に参入した後発会社であり、さらに、創業者は金融機関出身で、宿泊業の経験がありませんでした。しかし、ダイナミックプライシングなどの独自の手法を採り入れて事業を拡大し、現在は、老舗の宿泊業をしのぎ、客室数では11万室を上回る国内トップの宿泊業者になっています。すなわち、どういう業種を選択すれば成功するのかではなく、どういうマネジメントを選択すれば成功するのかということであり、もし、マネジメントスキルが低い会社が宿泊業を営んだ場合は、その事業は失敗するということになります。
理由の3つ目は、短期的には失敗でも、長期的には成功することもあるということです。例えば、プロ野球は、一時的に人気が下がり、球団は赤字は当たり前という状態でした。しかし、最近は、マーケティング手法を変えることで、球団の成績に関係なく、どの球団も業績を高めてきているようです。詳細な説明は割愛しますが、横浜DeNAや北海道日本ハムファイターズには、その傾向が顕著です。
もしかすると、遠くない将来、プロ野球は黒字をもたらす事業といわれるようになるかもしれません。もちろん、経営判断に絶対というものはないので、失敗することもあります。でも、失敗することを恐れるのであれば、上から目線で恐縮ですが、そのような方は経営者には向いていないのではないかと思います。成功するか、または、失敗するかは、経営判断だけで決まるわけではないので、決断にこだわりすぎることは、時間と労力の浪費だと思います。
2024/11/3 No.2881